mirai

3日目4

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 屋上への道を邪魔する机は蹴り飛ばされる。
「おい...お前が開けろや」
 川戸山が笑いながら時三の肩にかぶさり、顔を近づけ耳打ちする。
「......」
 時三は無言で屋上の扉の前に立つ。一呼吸入れてドアノブを握り、ゆっくり捻る。
(ごめん...! 愛、こんなことに巻き込んで...)
 ゆっくりと扉を開けると椅子に座った少女の後ろ姿があった。
「っ......」時三は息を呑む。
 そして不良たちが時三を突き飛ばすように屋上に出る。
「いいねぇ屋上での告白。とっても良いシチュエーションじゃあないですかぁ!」
 川戸山は少女の方に歩き出す。
「いやぁ、君も健気な子だねぇ! 今日、携帯電話が普及する中メールじゃなくラブレ
ターとはかわいいじゃあないかぁ」
 少女の顔を回りこむように覗く。
「かわいい顔じゃあないかぁ。なぁ、俺と付き合ってくれないかぁ?」
「...いやって言ったら...どうなるんですか?」
「んー、君の思い人が残念なことになるなぁ......。おい」川戸山が合図を送る。
 時三は不良の一人に突き飛ばされうつ伏せに倒される。
「ほらほらぁ、彼がこのあとどうなるかなぁ? 残念なことになっちゃうかもなぁ?」
「......ひとつ質問していいですか?」
「あん? ...くく...いやって言ったら...どうなるんだぁ?」
「あなたじゃあないですよ。そこの捕まっている青年! 今日の天気は!?」
「今日は...いい天気だ...」
『D―モーション作動』
 少女は座ったまま川戸山の顔を鷲掴む。
「なぁ?!」
 突然顔面を掴まれすっとんきょんな声を上げる。
 次の瞬間、顔面を掴んだ手を斜めに薙ぎ払った。
「ばふぁ!」
 川戸山は横っ面から地面に叩きつけられた。体は勢い余ってエビのように反り上がり、
うつ伏せになってピクリとも動かなくなった。
 全員の時間が止まった。誰もこんなことになるなんて思いもしなかった。獲物かと思
った少女がまさか不良を片手で薙ぎ倒すことなど誰が予想できたか。
「百万馬力は出ないけど一馬力くらいは出たかなぁ?」
 少女は川戸山よりいやらしい笑みを浮かべ残りの不良にゆっくり迫る。
 少女の凄みに、人間離れした力に、不良たちは動けずにいた。
「ミライもういいよ」
 時三が不良をかばう形になって制止する。
 残りの不良たちは今しかないと逃げ出す。
「あーあ、行っちゃった」
 ミライはもう少しからかっていたかったと言わんばかりに意地悪い笑みを浮かべる。
「いてて、まさかそれが本当に役に立つとは...」
 時三は制服についた汚れを叩きながら起き上がる。
「いやぁあたしも実践したの初めてだよ...」
 肩を回しながらミライは苦笑いを浮かべ答える。
「色々突っ込みたいことだらけなんだが...」
 時三は辺りを見回す。
「愛はどこ行った」
「時三君ここだよ...」
 上のほうから愛の声がした。
「えっ? えぇ?!」
 愛は屋上の入り口の屋根にちょこんとしゃがんでいた。
「どうしてそこに?!」
「ミライちゃんが時三君たちより先に来てここにいろって」
「いやー時間ないから、他に避難できる場所が無くてね...。愛降りれる?」
「うぅ、怖くてちょっと降りれないかも...。案外高いんだね...」
「どうやって上ったの...?」
「その...椅子使ってミライちゃんにだっこされて」
「愛はとっても軽かったからねー。頭の上まで持ち上げられたから良かったよ」
「人間ってそこまで持ち上がるものなのか...」
 あらためて、ミライの力の強さに驚く。一馬力もあながち嘘じゃなんじゃないかと思
う時三だった。
(ぶっ飛ばされたら、漫画みたいにきりもみ回転して吹っ飛びそうだなぁ...)
「ミライ、愛をおろしてやってよ」
「じつはさっきの薙ぎ倒しで腕が上がらなくなったの...」
「えぇ?! じゃあさっきのやらなくて良かったんじゃない?!」
「いやいやぁ、だってジーサン人質になってんだもん。あのインパクトが無きゃあの人
たちビビッて逃げなかったんじゃない? それにDはラリアットだもん」
「あぁそういえばそういう設定なんだっけ、それに確かにあれはびびったな...」
「あ! じゃあジーサンが降ろしてあげなよ。ジーサンの方が私より身長あるし。......
...はい椅子持ってきたから!」
「椅子の上にのったら危なくないか?」
「大丈夫! あたしが支えているから」

「うわーすごい、変な構図だよこれ...」
時三は椅子の上で両手を斜め前に出し、未来は屋根の端に脚をたらして座り、ミライは
椅子の脚をしっかり抑えている。
「よし愛、ちょっとバンザイして」
「ばんざー...ははひぃ...」
 時三は愛の両脇を掴むように持ち上げようとする。
「ちょっと愛、暴れないで...」
「ごめん、くすぐったくて...」
「......愛は白か...」
 時三の下から声が聞こえる。
「...! ミライは上を見ないでしっかり抑えていてよ...」
 はいはいと、ミライはにやつきながら下を向く。
「まさか、この歳でだっこされるなんて思わなかったなぁ...」
 愛は顔を真っ赤にしながら時三から視線を逸らす。
「僕だって女の子をだっこするなんて思わなかったよ...っと」
 時三は愛を持ち上げ引き寄せる。時三の顔にちょうど愛の頭が来る。
「はいっ...愛っ...もう...足着く...?」
「うん、うん、もう離しても大丈夫だよ!」
 愛は脚をパタパタさせながら何度もうなずく。
 愛を救出し各自一息つく。
 時三は汗をぬぐい。
 愛はスカートの汚れを叩き。
 ミライも制服とスカートの汚れを叩く。


 ミライは屋上のグラウンド側に歩いていく。
 愛と時三は夕日が赤く照りつける校門側に歩いていく。二人は逆光で黒いシルエット
になる。
「これで一軒落着なのかな...?」
 黒いシルエットは二つともモジモジしている。
 大きなシルエットは頭を何回も下げながら何かを謝っている。
 小さなシルエットはそれを慌てて、制止しようとしている。
 お互い落ち着いたのか慌てた素振りを見せずに何かを話している。
 その聞こえない会話にミライはアテレコして遊ぶ。
 校門の方からにぎやかな声が聞こえてくる。部活か何かかと思考を巡らせる。
 ミライは赤く染まった空を見上げる。
 夕日は終わりを感じさせる。
 もう、すぐお別れだ。ミライはなんとなく思った。
 写真をポケットから取り出す。
 写真は真っ黒になっていた。
 何も写っていない。
 これが良い方向に向かっているのか、悪い方向に向かっているのか、判別は出来なか
った。
 でももう時三と愛は仲違えしないということだけは確信できた。
 もう一度校門側を見る。
 三つの黒いシルエットが見える。
「えっ...」
 大きなシルエットが小さなシルエットを庇うように立っている。もうひとつのシルエ
ットが何か違和感を覚える動きを見せ大きなシルエットに人間離れした速さで突っ込ん
だ。
 その時大きなシルエットが金網にぶつかり、金網が外れ大きなシルエットが一つ消え
た。
「えっ.........嘘っ...落ちた......?!」
 何が起きたのか理解できなかった。
 ミライはうずくまる小さな愛の下に駆けだす。
「愛! 離れて!!」
 愛は何が起きたのか、受け入れられない。
「愛! 愛!」
 ミライは川戸山を見てタイムスリップする寸前の出来事が脳裏をかすめる。
「このやろおおおぉぉぉーーーーっっ!!!」
 ミライは奇妙に痙攣する川戸山に拳を振り上げる。しかしミライはロボット。人に許
可なしに危害を加えられない。ミライの体が一瞬硬直する。
 すぐに冷静になりミライはうずくまる愛を抱き上げる。
 愛は焦点の合っていない目から大粒の涙がこぼれる。
「大丈夫だよ愛...。あたしが...あたしがなんとかするから...。だから...」
 ミライは愛を抱きかかえ階段を駆け降りる。
 すると森本が階段を駆け上がってきた。
「森本!? 愛を見てあげてて」
「え? なんで...おい、どうなってんだよぉ!」
 ミライは森本の声を無視して、階段を駆け降る。
「これで、終わりじゃなかったの...?!」
 ポケットから写真を取り出す。
「え...」
 写真自体が半透明になっていた。
(まさか、...ジーサンがいなくなるから、写真自体が消えそうになっているの...?)
 未来は自分の手を見る。自分の手も半透明になっていた。
(このままじゃ、あたしも消えちゃう?!)
 未来はポケットから懐中時計を取り出す。
(ならジーサンがまだいる時に戻れば...! でも...!)
 ミライはタイムスリップの起動ボタンを押すのをためらう。
 もう一度、タイムスリップすればエネルギー切れで時空間移動はできなくなる。
 未来の時三しかエネルギー補給はできない。
 過去に戻れば消えない保証もない。
(でも...このまま消えてしまうなら...可能性があるなら...)
 ミライは階段を駆け降りる。
(もし過去に戻ってあたしが消えないなら...ジーサンと愛を助けよう)
 一階から見えるガラス張りの玄関の外には人集りができていた。
 その中心を確認することはできない。
「っ...」
 ミライは一度玄関の外に出て屋上の方を見る。
 金網は外れなかったのか、屋上の縁にぶら下がっている。
 校舎に戻り一階のトイレを目指す。
 人がいないのを確認しトイレの用具室に入る。
 もう一度懐中時計を取り出す。
(......、三十分前なら)
 ミライはもう一度自分の体を見る。手のひらの向こうにはドアが見える。
「ジーサン、愛。今助けに行くよ」
 起動ボタンを押す。
 ミライは体が一瞬浮いたような気がした。
 ミライはゆっくり目を開け辺りを見る。
 さっきいた用具室の中だった。
 ゆっくりドアを開ける。
 すると外から何か声が聞こえた。
「くく...お前はもういいやぁ」
「ごほっ...!」
「さっさと歩け」
(戻ってる! あたしの体は?!)
 ミライは体を見渡す。
「透けてない...。じゃあ、ジーサンがいればあたしはいるってことなのかな...」
 ミライは少し考え、そのことは後回しにした。全てが終わってから考えればいい。
(あたしに残された時間はもうない...急がないと...)
 一階のトイレの窓からそっと外を覗く。
 人の気配はなく窓から外に出る。そこは校舎裏。時三たちが先ほどまでいた場所。
 ミライはうつ伏せになっている。森本を仰向けにして顔を軽くたたく。
「森本さん! 森本さん! 起きて!」
「んー...」
「森本さん!」
「ん、あれ...! さっきのやつらは?!」
 森本は飛び起き辺りを見回す。
「いないよ...もう、時三君もあの人たちも行っちゃったよ」
「ジーサンは連れて行かれたのか?!」
「...連れて行かれたよ」
「じゃあ、助けにいかねぇと...」
「待って! 時三君を助けるなら手伝って欲しいことがあるの」
「ジーサンを助けることなら何だってするぜ!」
 ミライは森本の何も疑問に思わない単純さに感謝した。
「じゃあ、まず運ぶものがあるの」
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