赤目の林道先生

11日目1

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 次の日、十一日目、木曜日。マナはケンに、マホにはどういったものをプレゼントすれ
ばいいのかを休み時間に聞いた。
「マホはなぁ、なんだろう…。あっ、あいつ新しモノとか珍しいモノ好きだったな。ゲー
ムとかいいんじゃねぇか? マグロカートもマホが一番やってるしな」
「え? マグロ?!」
 なぜ回遊魚の名前が出てきたのだろうか?
「ほら、俺が借りてきたゲームだよ。マホはなんでも一通り楽しむからな。俺とか興味な
くてもあいつがのめり込むことなんてしょっちゅうあるんだよ。料理なんて俺が最初は教
えたんだぜ」
「そうなの? ケン、ラーメン以外も作れるの?」
「てっめ、昨日作ったじゃねーの、野菜炒めをよう!」
「あ、そうだね」
「マホは最初、作れるのはカップラーメン! とか言ってたけど、家で食うラーメンを作
ってやったら、今度はあたしがやる! って言って、どっぷりはまっていきやがった。だ
から、あいつはなんか新しいものでも見せればすごく食いつくぜ」
 新しい物…。それはマホは知らなくてマナが知っている物。料理、これはダメだ。むし
ろマナがマホから習っているのでは、マホを喜ばすものはないだろう。しかし、マナには
何もない。どうしたものか。いつもならここでフィギュアに頼りたいところだが今日は一
人でやるという約束を昨日家で交わした。思考は全て筒抜けだがフィギュアがマナに語り
かけてくることも操ることも今日はないだろう。
 さてさて、どうしよ。もっと具体的な趣味趣向が出てきてくれればそれを買いに行けば
良いのに。でもお題は「新しい物」と出てきた。まるでマナに試練を与えているようなお
題だ。……マナは今まで何も享受してこなかった。そうして、今になって帳尻合わせが来
たのかもしれない。体と話題をマナは三年前に置き去りにしたままなのだ。体はほとんど
諦めている。マナはちっちゃい。これは認めよう。でも、話題は今だ。今を知ればすぐに
でも使える。そしてマナには今「新しい物」の知識を与えてくれる人がいる。それは仕組
まれたパートナー。鹿羽剛士。彼はリンドウ先生によって連れてこられた。そしてマナと
一緒に行動するよう言われた。もうこれは何から何まで仕組まれていると思った方が良い。
だが、仕組まれているからと言って何も悲観することも疑心暗鬼になる必要はなく、ただ、
仕組まれた通りに動けばいい。そしてマナがそれをこなすことで何かにきっと気付ける。
リンドウ先生が気付かせたい何かに。

 昼休み、シカバネの後についていくと屋上に向かうことになった。屋上は立ち入り禁止
で人の出入りはない。別に隠れる必要はないけどシカバネが屋上に出るまで階段の陰で待
つ。重い鉄のドアが閉まる音がしてマナも屋上の重いドアを開ける。金網だけに囲われた
屋上に椅子が一つ。それとレジャーシートの上に寝転がっているシカバネとフィギュアの
本体。シカバネは寝ているのかな。ドアが閉まる音に反応はない。屋上には昼休みの生徒
の声しか聞こえない。
 あんまり沈黙していると、声を出すのに躊躇われる。
「……ちょっといい?」
 考えをまとめないうちに声に出す。大丈夫。用件は単純だ。帰りにマホのプレゼントを
買いたいからそれに付き合って欲しい。その一言を言えば良いだけ。
「……ん、何?」
 シカバネは起き上がり、ゆっくりとマナを見る。
「ちょ…と、聞きたいことがあるの……」
「ん、何?」
「土曜日にね。あの、マホの誕生日があるの。それで何かプレゼントを用意しようと思っ
たんだけど」
「え…えと僕に言われても…ケンに聞いたほうが良いんじゃないの?」
「聞いたの。そしたら、「新しい物」とか「珍しい物」が好きなんだって。それでマナはマ
ホが知らないものを知らないからシカバネに相談しに来たの」
「そうなんだ…。でも、僕も多分君と変わらないよ。何も知らない」
「そんなことないと思う。シカバネはマナの知らないことを知っている。なんでもいいの
マナの知らないことを教えて」
「僕が教えられることなんてゲームのこととかだけだ。そんなの知らなくても良いことだ
と思う……」
「でも、そのゲームでシカバネはケンと仲良くなった。マナはそういうの何もなくて。こ
のままだと、ずっと一人。それはイヤなことだとマホたちに会って気付いた。だから、マ
ナに教えて欲しい。マナの知らないことを……」
 ついつい勢いでしゃべってしまったがお願いばかりで図々しかっただろうか。シカバネ
は脇に置いてあるフィギュアを見ている。
「リンドウ先生に言われたの…? 誕生日プレゼントでも買ってあげなって……」
「違うよ」
「じゃあ、自分で…?」
「まぁ…そう、かな」
「…亜久さんは人のために真正面から何かをするってすごいね……」
 亜久さんなんて言われちゃった。すごい違和感。
「僕は何時まで経っても、ここでこうやっているだけだ。今だって亜久さんの頼みを聞い
たとしても、それは受動的で僕は何も変わらない。ほんと、亜久さんはすごいよ…」
 なんだかすごい褒められているけどマナは何もしていないし。ちょっと言っている意味
が分からない。それより、ゲームのこととか教えてくれるのかを答えて欲しい。
「あの、それで…そのー…」
「あ、うん…いいよ…。僕が教えられるようなことを教えるよ。ところで、マホ…さんは
どういうゲームが好きなのか分かる?」
「分からない…。どういうゲームってどういうことなの?」
「あぁ、ジャンルだよ。ゲームもジャンル分けされているんだけど…。亜久さんは分から
ないよね」
「う、うん…。ちょっと分からない。あと、亜久さんじゃなくてマナでいいよ。なんだか
その呼ばれ方にすごい違和感あるの。みんな名前で呼んでるし、シカバネもマナで、ね」
 苗字は親の離婚で変わった。だから、中学からは亜久だった。けど、その苗字を呼ばれ
た記憶はあまりない。今のみんなに呼ばれている、「マナ」の方がマナにとっても違和感な
い。
「でも、僕だけ、みんなシカバネだよね…」
「えぇ!? あ! それは……」
「あぁ! いいのいいの! シカバネっていう苗字は、その珍しいし! みんながシカバ
ネっていうのは分かるよ」
「下の名前は、つよし……だっけ?」
「うん、そうだよ」
「つよしってあまり呼ばれないの?」
「呼ばれないね…………でも、誰かには呼ばれていた気がするよ」
「誰に呼ばれてたの?」
「呼ばれていた気がするんだけど、思い出せないんだ…。でもなぜか、その人は存在感が
あって、僕をいつもグイグイひっぱてくれて……ちょうどこのフィギュアのキャラクター
と同じような感じなんだ。まぁきっと夢でこのキャラクターを見たんだろうね」
 シカバネは、はははと乾いた笑みをこぼす。シカバネにとって気付かないといけないこ
とはその人の存在なのかもしれない。こうやって、他人からはその人の気付いて欲しい所
っていうのはすごく見えるのかもしれない。でも、本人はなぜか気付けない。いや、気付
いていないフリをしているのかもしれない。でも、マナはいまいち気付かないといけない
ことが分からない。自分の欠点なんて挙げればキリがない。でもそういうことではないと
思う。もっと違う何か。そんな気がする。
「マナ…さん。えぇとさっきの話に戻るけど、ジャンルっていうのは……うーん、知らな
い人にどう説明すれば良いんだろう…」
 マナさんって、そんな恐縮した呼び方だとマナも恐縮してしまいそうだ。もっとボロ雑
巾のような扱いでいいのに。
「聞いて分からないことは見てみる。見て分からないならやってみる。そうだ、今日シカ
バネの家に行こ」
「えっ!? いや、待って…。今僕の部屋はとても凄いことになっているんだ…」
「あ、ケンから聞いてるよ。人形がたくさんあるんでしょ?」
「あ、うん…」
「それも見てみたい」
「あ、別にいいけど…」
 なんだか、シカバネの歯切れが悪くなる。
「…の子にフ……ュアとかって………良い…か…? いや、引かれ………性あ……な…」
「シカバネ今、何か言った?」
「えっいや、何も言ってないけど…」
 なんだか、フィギュアに呼びかけられた時のような、感覚だった。頭に直接聞こえる感
じだ。だが今日はフィギュアの干渉は一切なしと約束した。
「うちに来るのは明日とかにして、今日はマホさんがどういうゲームが好きか、ケンとか
に聞いてみなよ。それから、プレゼントを探そうよ」
「うん」
 昼休み終了五分前のチャイムが鳴る。たなびくレジャーシートを片付け屋上を後にした。
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