物語

とある街で3

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「えぇ、机が一つ空いているから気付いていると思うが転校生だ。はいじゃあ自己紹介
してくれ」
「鳳華殿 怜と申します。何かと御迷惑を掛けると思いますが宜しくお願い致します」
 レイは深々と頭を下げる。レイは容姿端麗だからクラスから何か反応があるとおもい
きや何の反応もなく挨拶は終わる。にじみ出る天才オーラが凡人を遠ざけるのだろうか。
「えー鳳華殿の席は一番後ろの空いてる席だ」
 担任の教師に言われレイは一番後ろの席に着く。
 そして朝のホームルームが終わり担任が教室を出て行くと、クラスの注目はレイに向
く。近くの席の女子はレイの周りを囲み質問を始めている。
 ほっとしたのが最初の感想だった。小学校の時みたく恐れ戦き誰も近づかないのでは
と思ったが高校ではそうでもないようだ。
「鳳華殿さんはどこからきたの?」
「わたくし海外におりまして久々にこちらに帰ってきましたの」
「えぇ? じゃあ外国語とかペラペラなの?」
「そうでもありませんわ。周りは日本のスタッフでしたし。それにずっと研究ばかりで
有名な観光地なんて一度もお目にかかってませんもの」
「そうなんだー。あ、鳳華殿さんって呼びにくいから何か呼びやすくしたいなー……そ
うだ、ホウちゃんって呼んでいい?」
「ホウちゃん? え、えぇ構いませんわ……。ホウちゃんと呼んでください」
 レイは女子生徒たちの質問にたじろぎながらも答えている。ついでにホウちゃんなん
て呼び名まで貰っている。なんだこの大人気っぷりは。小学生の頃はこんなホウちゃん
なんて呼ばれる扱いじゃなく神様、仏様、鳳華殿様だった。それにレイ自身も唯我独尊
ってな感じだったが……。
 結局、転校初日は女子生徒に囲まれているレイに話しかけるチャンスはなかった。そ
れと遠巻きから見てるとレイも何人かと仲良さそうにしている。
 なんというか朝覚えた不安は単に小学校の頃のレイと今のレイに印象の違いを覚えた
から感じただけなのかもしれない。
 そうだ、俺だって小学校の頃から変わった。今はいじめられることもなくなったし。
あの時のような気弱な自分じゃない。それなりに友達……っぽいのだっている。

「鳳華殿ってなんか違うよなァー……おい聞いてんのかァ? 開堂」
 学校の帰り道。喧嘩の叩き売りみたいなしゃべり方をしているのは、雷門 透(らい
もん とおる)。雷門という苗字が外国人ぽいのが嫌でみんなにトオルと呼ばせている。
「で、何?」
「鳳華殿ってのは異質だぜェ」
「うん、そうだね」
 お前も大分異質な存在な気がするが一つ文句を言うと十になって返ってくるからあえ
て黙っておく。
「やばいな、俺、鳳華殿に惚れてるかもしんねェぜ?」
「え、レ……鳳華殿に? 付き合ってくれって言うの? トオルがぁ?」
 疑問系で俺に聞くなよ。というかすごい悪巧みを考えているニヤつきかたに色々と悪
いことが起こりそうでイヤな汗が出る。
「……いきなり告っても面白くないしなァ……。なんとかして周りの奴らをかき乱す様
なことできねェかなァ?」
 惚れてるって嘘だよ……。絶対新しい玩具としか思ってないよ。
「ほら、なんか鳳華殿って近寄りがたいし。あんまり鳳華殿に何かやるってのは無理な
んじゃないの。女子にも結構人気あるっぽいし。あまり蜂の巣をつっつくようなことは
やめた方がいいんじゃない?」
 レイがトオルにいいようにされる姿は想像できない。けどなんというかこの二つのカ
ードはぶつけてはいけない気がする。
「開堂も鳳華殿狙ってのかァ? ハハハ、無理無理無理だろうよォ」
 今「開堂も」って言ったってことは、すでに男子群の中でレイは人気急上昇なのか。
「いや、狙ってないよ。ただ俺小学校の頃鳳華殿と同じ小学校で友達だったから気にな
ったんだよ」
「ほォー、顔見知りなのか……おもっ……仲良くなれそうじゃないかァ? 俺が一緒に
いってやるからうまく話しかけろ」
 こいつ今、面白くって言いそうになりやがったな。
「いや、それがさ。小学校の頃のこと覚えてないって言うんだよね」
「お前は役立たずだな。」
 それって俺が役に立たないからじゃなくない? と思ったが口にしない。
「というかトオルはどうして鳳華殿に目をつけてんの?」
「だって可愛いじゃないかァ。可愛い子と話してると楽しいけどよォ、ブスと話してる
と苦痛だろォ?」
「そうやって俺が答えに困るようなことを言って楽しむのはやめてくれないかな……」
「いやいやァ、俺はホントのことを言ってるよォ? つーか、開堂のこと覚えてないの
になんで鳳華殿に声掛けんだァ?」
「なんで覚えてないのかなって」
「はァ? そんなのお前が影薄くて目立たないからに決まってんだろォ?」
「でも俺鳳華殿と友達だったんだけどなぁ」
「なーンだならそれなら理由は一つだけじゃないかァ。嫌われてんだよお前。本当は腹
のそこでお前の悪態つきまくってたんだってェ。今度声掛けんだったら見てみろよ。目
ェ合わせないぜェ、きっと」
――ったく、お前みたいに言いたい放題なのもどうかと思うけどね。
 そう思ったけど声に出すのはよしておいた。こいつはかなーり嫌なやつだ。俺みたい
にクラスで自己主張が激しくない奴の前ではこうして醜悪な気質を晒す。だけど中身に
反して見た目は中性的で美形。しかも成績優秀ということも相まって生徒、教師問わず
評判がいいから困る。本人は割りと残忍な性格なせいで敵に回すとまた小学校の頃のよ
うに孤立を強いられる可能性があるし、ここまで関わりたくない人物はそういないと思
う。
 しかし、言っていることは結構当たっていたりするから腹が立つ。全くこいつのどこ
に人は惹きつけられるのだろうか。
「じゃあな開堂、頑張れよ! 話すきっかけなんてなんでも良いんだからさっ」
 別れ際にクラスの女子が横を通ったためさわやかモードに切り替わトオル。そして今
度は女子生徒に声を掛けてその女子生徒と一緒に帰りだすトオル。
 すごいバイタリティである。俺もあれくらい押しが強ければ、レイにすぐに声をかけ
られるのになぁ、とトオルの背中を眺めるが、ない物ねだりをしても仕方ないから考え
るのをやめた。

 だが、そんな俺の悩みを他所に話は動き出した。
「開堂君、あなたわたくしの過去を知っているとおっしゃいましたわね?」
「あ、あぁうん。知ってるよ。どうしたの急に」
 学校が終わり帰ろうと廊下に出た時、レイが耳打ちするようにそっと話しかけてきた。
「わたくしが小学校の頃どういう立ち振る舞いや考え、言動をなさっていたか気になり
ますの。もしよろしければ二十分程お時間いただけないでしょうか?」
「いいよ。どこで話す?」
「そうですわね……」
 レイは口元を押さえて考え出す。僕はその仕草にもう見ることは出来ないと思ってい
たかつてのレイの姿が重なりこみあげてくるものがあった。唇をぎゅっとかみレイの言
葉を待とうと思った。
「えーとー……ははは、小学校の頃みたいに誰も来ない女子トイレで世間話でもしゃれ
こみますかー」
 だけどずっと黙っていると堪えられそうもなくて口を開く。が、しかし。
「何をおっしゃってますの……? そんなところで……はっまさか……!」
「いやいやいやいや違う違う違う! 小学校の頃ね、僕女子トイレに隠れたらレイに見
つかっちゃってそれがきっかけで友達になってね、それで……」
「どうして開堂君は女子トイレに隠れているんですの?! なんですのその話! あな
た本当に小学校の頃わたくしの友達でしたの?! 信じられませんわ!」
「本当だって! 僕、小学校の頃イジメられててそれで追い回されて、女子トイレに隠
れたんだ」
 引きつった顔をして身構えていたレイは神妙な顔つきになり僕の次の言葉を待つ。
「そしたらレイが女子トイレに隠れた僕を見つけて、イジメられているのを知って、そ
れで友達になったんだ」
「そうでしたのね。申し訳ございませんわ。わたくし早とちりをしてしまいました」
「僕がいきなり変なこと言っちゃったから、ごめんごめん。それでどうするあまり廊下
で長く話してると目立つと思うんだけど」
「そうですわね、食堂にでもいきましょう。あそこなら人も少ないですしそこで話しを
聞きますわ」
 レイはそう言うと廊下を歩き出す。僕もレイについていくように歩き出す。食堂は校
舎から分離しており部活や委員会活動でもない限り放課後に利用することは滅多にない。
 クラスのみんなの目が少し気になり足早で食堂に向かった。
 レイはわざわざ食堂の紙コップ自販機の紅茶をふたつテーブルに持ってきて腰を下ろ
す。普段ラーメンやカレーを貪りながら友達と喋って食い散らかす食堂とは思えないよ
うな光景であった。ましてや目の前にはレイがいて、しかもじっとこちらを見て待って
いてなんだか目のやり場に困る。
「そういえばこの学校には慣れた?」
「まだ二日目ですから慣れてはないですわ。けどみなさん良くしてくれますからすぐに
慣れると思いますわ」
「そういえば海外にいたって言っていたけど日本に帰ってきたのは最近なの?」
「二日前に帰国したばかりですわ。家の方もずっと空けていたのでメイドと片付けで忙
しくて……」
 レイは小さくあくびをする。「失礼しましたわ」と言って腕時計を見て僕に向き直る。
「それでその友達になったところの件をもうすこしお話していただけます?」
「えぇっとね、それでレイが……ってどこまで話したっけ?」
「開堂君がイジメられているのを知って友達になったところですわ。……それと一つ気
になるんですが、あなたはどうしてわたくしを下の名前で呼んでいるんですの?」
「え? あぁこれは……レイ自身がそう呼んで欲しいって言ったんだよ」
「わたくしがですの?」
「うん、鳳華殿の名前は有名で、その名前でわたくしを見られたくないって。それでレ
イって呼んで欲しいって言ってたけど」
「そうですの? わたくしそんなおこがましいことをおっしゃっていらしたのですね」
 レイは恥ずかしいのか視線を泳がせながらはにかむ。
「今は別に鳳華殿の名で呼ばれても気にはしないの?」
「えぇ、むしろその名で呼ばれても恥じないようになりたいと思っていますわ」
 レイは胸元で拳をつくりそう語る。
「すごいね、レイはなんというか前とは違って大人みたいだよ」
 が、すぐに視線を落としその拳は解かれ弱弱しく膝に戻っていく。
「そうでもありませんわ。それに世の中うまくいかないことだらけですわ」
 レイは、はにかんでいるがその表情をみせるレイはかつてのように自信はなく諦めを
うかがわせる。
「……何かあったの? その、海外で」
「……なーんにもありませんわ。小学校の頃の話を聞きに来たのにわたくしの話ばかり
になってしまいましたわ」
「僕はレイが知らない間に何やっていたのかの方が気になるけどね」
「開堂君はわたくしにとても執着していらっしゃるのね」
「それは、小学校の頃とても仲良くしてくれたし……。久しぶりに会えたと思ったら僕
のこと忘れてるし」
「それだけですの?」
「え……?!」
 レイはテーブル越しからグッと体を伸ばして下から覗き込むように僕を見上げてくる。
 レイは何か量るように無表情で僕の目を見てくる。その無表情に僕は一瞬レイがゴミ
の山に下敷きにされたときのビジョンが頭を掠める。今のレイには死んでしまったこと
をまだ一言も話していない。けどなんだかレイに心の中を見透かされていそうな目。か
つてのレイのように僕なんかが及びもしないような考え方で至ってしまっているのだろ
うか。そんなことを考えているとレイはにやりと笑う。
 思わずごくりと喉を鳴らすと。
「開堂君、わたくしのことが好きなんじゃなくて?」
「へ? ……あ、あぁ好きです……」
 そう反射的に答えたとき後ろの方から紙コップを潰している音や椅子をガタガタさせ
ている音、器の割れる音など色々な音がした。
「あら? あらあら、すごいですわね。会って一時間も経っていない相手にもう告白で
すの?」
 レイは目を丸くして、けれども口元は笑いを堪えるように聞いてくる。
「え? あぁいやいやいや、ほらあれですよー! 気が合うなーの好きってことですよ
ー。もうホウちゃんはせっかちですねー!」
 僕は思いもよらない事態に考えるより先に口が動く。
「その返し方もデリカシーに欠ける気がしますわね」
「えぇ?! じゃあどう返せばいいんですか?!」
「さぁ? 男子群の考えはわたくしにはわかりませんので」
 レイは席を立ち紙コップをゴミ箱に捨てる。
「マドカ、今日は楽しかったですわ。日を改めてまたお話しましょ」
 レイはそう言って食堂から出て行く。
 レイが帰ると、まるで白昼夢を見ていたかのように食堂は静かになる。けど目の前の
紙コップに注がれた紅茶が現実だと水面を揺らして訴えている。
「なんだったんだ……」
 レイのことで色々心配だったが最後のやりとりで全部もっていかれてしまった。僕は
手をつけてなかった紅茶を一気に口に含む。すると口いっぱいに砂糖の甘さが広がる。
「めっちゃ甘いよ……」
 僕も紙コップをゴミ箱に放り家路へとつく。
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