物語

かためのこのコ2

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 場所は……研究室。
 俺はバイザーを外して時間を見る。時刻は八時過ぎ。
「うわぁ……遅刻するっ」
 散乱した資料をまたいで部屋のドアを開けようとドアノブに手を掛ける。
 が、しかし、開かない。ドアノブを回して引いて押してみてもドアは開かない。
「どうしたんですネ?」
 ミミが椅子から立ち上がり、こっちにやってくる。
「ドアが開かないんだ」
 途方に暮れていると研究室の電話が鳴り響く。俺はすがるように受話器を取り耳に当
てる。
「もしもしっ」
「もしもしノリコよ。二人とも大丈夫―?」
「えぇ、別に。一体どうしたんですか? メンテが終わってドアを開けようとしたら開
かないんですが?」
「えっとね、長時間のサイバーダイブは心と体への負担がすごいの。言ってなかったっ
け?」
「聞いてませんよっ。それで、俺らはどうして閉じ込められてんですか?」
「この街では実験で生じる危険に対して部屋ごと隔離するっていう措置が取られている
の。化学兵器の実験して街の外に漏れたらまずいでしょ? で、サイバーダイブを四時
間連続でやったから落ちたの」
「落ちた、ってどういうことですか?」
「今あなた達は地下深くにいるのよー。ドアのロックはこっちで開けられるから早くあ
がってらっしゃい」
 ノリコさんがそう言うと同時にカチャっとドアから音がする。受話器を持ったままド
アノブを回す。するとドアは開いた。
「開いたなら目の前のエレベーターに乗りなさい。他の道に進もうとしちゃダメよ、永
遠に帰ってこれなくなるからね」
「地味に怖いこと言わないで下さいよ」
「本当に帰って来れなくなるからね。そこは地下に張り巡らされた巨大迷路みたいなも
のなのよ」
「そんな巨大迷路ってなんだか本の中の世界みたいですね」
「私達の研究所以外にも数多くの研究所があるわ。それらが緊急事態になると落とされ
る場所だから、自然と大きくもなるの」
 俺は横目で無機質な通路と弱々しく点いている電灯を見る。まるで吸い込まれてしま
いそうな直線。先の見えない通路。曲がり角にたどり着くことすら困難である通路はじ
んわりと水のように恐怖心をにじませる。
「ここはあまり精神衛生上良くないわ。早く戻ってらっしゃい。あ、受話器は研究室に
戻してドアは閉めてね、それじゃ私も仕事行くから」
 ノリコさんとの通話が切れる。俺は研究室に戻り受話器を置き、ドアを閉める。
「ミミ、なんだかここ怖いですネ……」
 ミミは小さな声で俺の腕に身を寄せる。
「大丈夫だ、エレベーターですぐに地上に戻れる」
 俺はエレベータの上ボタンを押す。ただでさえ不気味なこの空間。一体下には何があ
るのだろうか。他の研究室があるとノリコさんは言っていた。つまりこのエレベータを
他の研究者も使う。だけど緊急時以外では部屋はここに落ちてこないと言っていた。つ
まり部屋が収まる場所には穴が開いていて、そこには何も見えない暗闇が広がっている
んじゃないだろうか……。今ドアを閉めた研究室もすでに地上に戻り、後ろには吸い込
まれそうな闇が広がっているんじゃなかろうか……。
「あー大丈夫だ。すぐ戻れる。あんまりビビんなって。ロボットなんだからよ」
 俺は自分で勝手に想像してビビッていた。腕に抱きつくミミの腰に手を回し体に抱き
つかせる。正直俺もかなりビビッていたがミミの手前それを顕わにするのがこっ恥ずか
しかった。だからそれを誤魔化すため声に出しなるべく気丈に振舞う。
 何事もなく、エレベータがやってきてドアが開く。エレベータの中も通路と同じよう
な色合いであり電灯は弱々しい。俺らはいつの間にかお互い身を寄せ合っていた。俺は
ミミに押されるようにエレベータに乗り込む。ミミは俺を盾にするように腰を引かして
そろりそろりとエレベータに乗り込む。
 と、その時
「びゃわッ! 今何かお尻に当たりましたネっ〜!!」
 ミミは思いっきり俺の服を引っ張る。中に着ていたシャツも引っ張られ首が絞まる形
になる。
「ゴッホッ! お、お前、よく見ろ……。それエレベータの自動ドアが閉まろうとして
るだけだからッ……!」
「……あぁー……」
 自動ドアは早く乗れと催促するように開いては閉まってミミのお尻を叩いている。ミ
ミは呆然、理解、納得と変化させ、そそくさとエレベータに乗り込み再び俺の背中にち
ょこんと寄り添ってくる。
「早く地上に戻りましょうですネっ」
「あぁ」
 早く地上に戻りたいから首を絞められたことに関してはスルーした。
 ゴウンと音をたてエレベータが動き出す。お互い無言になりエレベータのモーター音
だけがリズム良く鳴り響いている。
「……なんだか、不気味なところでしたネ」
 ミミの、俺の服を掴む手がギュッと込められる。
「あぁ、もうここには来ないようにしたいな」
 俺らは地上につくまで終始無言だった。長く感じたエレベータも地上に着くと自然の
光がエレベータの中に差し込んでくる。
「ここは……駅?」
 エレベータから出るとそこはこの街の最寄駅だった。
「ここ知ってます。駅ビルのエレベータの場所ですネ」
 ミミに言われて気付く。晩飯の買い物とかに来る駅ビルと一致する。
 時間は九時を回っていた。辺りはスーツに身を包んだ通勤者だらけで学生服の自分と
ミミの私服姿は平日の朝では浮いてしまっている。
 そしてさっきまでは異様な空間のせいで気になっていなかったが俺らは大分密着して
いた。それに気付いてこっ恥ずかしくなりミミからさりげなく離れる。
「とりあえず家に帰ろうか」
「そうですネ、ミミも充電しないと動けなくなりそうですネ」
「家まではもってくれよ……。動けないお前は重いんだから」
「むー、重くないですネ。ただ運びづらいから重く感じるだけですネ!」
 俺らは他愛のないやり取りをして家に帰った。俺はなんだか一日が終わったように感
じたけどそれは気のせいであるのを知っている。サイバーダイブしたせいで長い時間を
過ごしたように感じているだけなのだ。
 俺らはまず研究室が元の場所に戻っているかを確認した。恐る恐るドアを開けると研
究室はいつも通りだった。
「じゃあ俺はこのまま学校行くから」
「いってらっしゃいですネー」
「あ、そうだ。ミミ、また何か悩むようなことがあったら相談しろよ。ミミ一人で考え
てもろくなことにならないんだから」
「うぅ……どうしてもダメでしたら相談しますネ」
「それじゃ、いってきます」
 ミミとのゴタゴタがあったが何事もなく済ますことが出来た。まぁ課題はいくつか出
来てしまった。ミミを学校に通わせる許可がノリコさんから出るのだろうか。
 そんなことを考えながら俺は学校へと向かった。
 授業中の教室のドアを開ける。すると教室がひそひそとざわつく。何人かがこっちを
みてニヤニヤしている。
 俺はクラスの連中の視線を嫌い俯き気味で自分の席へと早足で移動する。自分の席の
前に着くとざわつきは途端に止んだ。
 クラス一丸となって何かを成そうとしている。こう文字にするととても良いことの様
に聞こえるが俺はいやな予感でいっぱいだった。恐る恐る椅子を引いて座る部分を見下
ろす。
 そこには溶けたアイスや飴が広がりゴミや食いカスが広がっている。ベタベタになっ
た椅子はとても座れたもんじゃない。次に机の中を覗いてみると、案の定ゴミだらけだ
った。
「すみません……ちょっと具合が悪いんで保健室行きます……」
 俺は教室を出て保健室へと向かう。クラスはまたざわつきだしたがとても一々感想を
述べる程の元気はなかった。保健室には保健の先生はおらず。勝手に保健室のベッドに
倒れ込む。ミミとのサイバーダイブで疲れたのもあり睡魔が襲ってくる。
 と、その時。保健室のドアが乱暴に開けられる音がした。俺は思わず身を起こす。ベ
ッドはカーテンで仕切られており、カーテンの向こうで影が俺のベッドの前に来る。影
の大きさから男子生徒だろうか。俺はイヤな予感がバリバリして、思わずベッドの上で
腰を浮かし片膝ついて低く身構える。
「よォー元気かァい? 開堂くゥん」
 カーテンを思いっきりはためかせて挨拶してきたのはトオルだった。
「ヘイ、ライモン。ここは元気な奴が来るところじゃないぜ?」
「ダメじゃないかァ〜。お見舞いに来た友達にそんなこと言っちゃァ」
「何の用?」
 俺は乱暴にベッドに胡坐をかいて座り直す。正直今誰かと話す気にもならないし、そ
んな気力もない。
「どうだァ〜い。みんなから歓迎されてるじゃないか?」
「とんだ歓迎だよ。あんな陰湿なことは少女マンガだけかと思ったよ」
「それは少女マンガに失礼だぜェ? 男だろうが女だろうが人種が違っても陰湿な奴は
どこでも陰湿だぜェ?」
「それはトオルが良い例だね」
「ああァ、俺は誰にでも、いつでも陰湿だぜェ」
「それで、俺に追い討ちでもかけにきたのか?」
「いんやいんや。俺はただ鳳華殿にこだわる必要は別にないんじゃないかって提案をし
にきたのさァ」
「あのさぁ……。俺は別にレイと付き合うとかで放課後一緒にいるわけじゃないからな」
 ため息交じりに率直な意見を述べる。
「バカかァ? お前。昨日の朝、俺にああ言われて鳳華殿に普通に声を掛けるのは宣戦
布告にしか見えないんだよォ? まさか、そんなこともわからなかったって言うほど頭
ん中ひよこちゃんじゃないよなァ?」
「……トオルこそニワトリ並なんじゃないの? 俺はそんなこと言われようが何をされ
ようが昨日の俺と変わらない。いつも通りに過ごすだけだ。そんな感じのことを俺は言
ったと思うんだけどね」
「あぁ覚えてるぜェ。俺はなァ、単にお前のことを思って言ってるんだぜェ? お前を
いじめようとしている奴らがたっくさんいるんだぞォ?」
「だからどうした? 誰一人として直接俺に何か言ってきた奴はいない。やってくるこ
とは陰湿なことばかりだ。そんな奴らなんて眼中にないよ」
 そう告げた時保健室の先生が戻ってきた。
「そうか、開堂は大丈夫そうだね。それじゃ俺は教室に戻ってあいつらで遊ぶことにす
るよ。お大事にっ」
 トオルは保健室の先生が戻ってきてさわやかモードに戻った。
 全く……。何が楽しくてこんなことをやっているのだろうか……。心配しているなん
て見え透いた嘘だ。なぜならトオルが男子群に俺への当てつけをふっかけたことだから
だ。
 どうやら俺の反応がつまらないものになってきたから男子群たちで遊ぶつもりなのだ
ろう。どう遊ぶのかは想像つかないし、想像したくないが。
 もう一度ため息を大きく吐きベッドに倒れる。このまま少し寝てしまおう。
 俺は目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってきた。ノリコさんの言うとおりだ。長時間のサ
イバーダイブで消耗した神経はあっという間に休憩をとり始め俺を深い眠りへと誘った。
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