物語

コード:ギロチン1

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 チャイムの音。その音で俺は目を覚ます。結構思いっきり寝ちまったな……。保健室
の時計を見ながらそんなことを考える。
 頭が覚醒してくると自分の置かれている状況が甦ってくる。
「教室にもどりたくないなぁ……」
 あくびをしながら口にしてみるが戻らないわけにはいかない。レイに会って話しをし
ないと。
 保健室を出て教室に戻る。廊下を進むと知っている後ろ姿が二つあった。
 が、しかし一つは学校では見るはずのない背中である。
「おーいちょっと、ちょっとそこっ……ミミ、なんでここにいるんだよっ……」
 俺は自然と声を潜めてしまう。
「マドカ、それではミミがあやしいと語っているようなものですわ。もっと堂々となさ
い」
「いやいや、状況がよくわからないんだけど。何で二人が一緒にいるの?」
「レイと大事な話しをしていたんですネ」
「いや、そこじゃなくてねミミ、俺はどうして学校にいるのかを……」
「ミミは今度学校に通わせてあげるんだそうですわね」
「いや、それに関してはまだ検討中というかまだ相談すらしていないけど……」
「大丈夫ですわ。ミミの判断力なら学校の生徒となんら変わりありませんわ」
 この二人、お互いの呼び方がいつの間にか変わっている。なんだか妙に仲が良いよう
に見えるのは気のせいなのだろうか……?
「そうだ、レイのことについてちょっと話が……」
「わたくしがクローンという話ですわよね……」
 レイが耳元でそっとつぶやく。
「どうしてそれをっ?!」と表情に出ていただろう。自分でそう思えるほど驚いていた。
「わたくしに隠し事はできませんわ。昨日聞いていたんですわ」
「ははは……。今の聞いたら折戸さんはどんな顔するんだろか……」
「そのことですが、今日帰ったら折戸とちゃんと話しをしますわ」
「話しって自分がアレってことを?」
「レイはさっきまで屋上でミミと同じように悩んで、サボっていたんですネ」
「ミミ、それはマドカにわざわざ言わなくてもよろしいですわ」
「え? レイが悩んでいたの? 自分が必要ないんじゃないかって? いやいや、ミミ
じゃないんだからそれはないでしょー」
「やっぱり、マドカにはわからない悩みですネ」
「はぁ……。そのようですわね」
「え、何この結束感と疎外感のコラボは。寝ている間に一体何が起きていたんだ……」
 二人は一緒になってやれやれとため息をついて笑っている。
「女の子二人と楽しそうだね開堂。体調は大丈夫なのかい?」
 耳につくさわやかボイスの男がやってきた。
「なんだいトオル」
 俺はミミとレイからトオルを遠ざけるようにしてトオルと向き合う。
「いやね、男子群に開堂はどうにもならなさそうだよと言った時の顔が面白くてね」
「そんなことを言いに来たの?」
「それもあるさ。けど男子群の中には頭のおかしい自己中もいるからねー。例えば鳳華
殿さんの方に何かないか気をつけた方がいいかもね」
 ため息が出る。トオルにも、その男子生徒にも。トオルはトオルで本当のことを言っ
ているのかわからない。もしかしたらトオルが何か仕掛けてきたりするかもしれない。
そうでなくても誰かに仕掛けさせたりしそうで怖い。そしてその名も知らない自己中男
子生徒には一切登場しないでもらいたい。
「一体何を話しているんですの? さっきからマドカに揺さぶりをかけているようにみ
えるのですけど」
 レイが横から口を挟む。レイはどこか人の感情を読むのが長けている。僕の様子を察
して口を挟んできたのだろう。
「いやいや、男同士の話だよ。鳳華殿さんには関係のない話さ」
 さわやかに笑ってみせるトオル。なんてわざとらしい。
「嘘ですわね。わたくしに聞こえないように話しをするなら次からは私のいない階でな
さることをおすすめしますわ」
「すごいね鳳華殿さん! そんな遠くの音まで聞こえるのかい?」
 さわやかな作り笑いがかすかに歪む。
「なーんだ。なら隠しても意味なさそうだね。鳳華殿さん、近いうちによくないことが
起こるから気をつけた方がいいよ」
「それは本当のようですわね。けれども何を気をつけッ……」
 レイは突然頭を押さえると、その場にしゃがみこんでしまう。それを見て俺は反射的
にトオルを睨み詰め寄る。
「トオルッ! レイに何をしたッ?!」
「待てや……離れろ。俺はまだ何もしてない。何が起きた?」
 トオルは周りに見ている人がいるというのにさわやかモードではなく怪訝そうな表情
で、素で話していた。
「レイ……どうしたんですネ? 大丈夫ですか?」
 ミミがレイに駆け寄り声を掛ける。しかしレイは反応がなく、ミミが肩に触れるとそ
の場に倒れそうになってしまう。ミミは慌ててレイの体を支える。
「開堂、とりあえず保健室に運ぶぞ。そこのお前は脚の下に両手を入れろ。開堂はそい
つの横で上半身の下に両手を入れろ」
 トオルはレイを仰向けに寝かせて姿勢を整えさせる。レイの顔を見た時まるで寝てい
るだけにみえた。
「せーのっで持ち上げるぞ。……せーのッ」
 俺らはトオルの掛け声と共にレイを持ち上げる。そして慎重に保健室へと運んだ。

「どうする? 家に電話を掛けたらしいが誰も出ないそうだ。このままだとタクシーで
近くの病院に搬送すると言っていたぞ」
 トオルはレイのベッドのカーテンをそっと開いて俺に告げる。
「…………」
 俺はレイを見る。レイは人間じゃない。一般人に知られてはいけない技術で作られた
クローン。もしレイに使われている技術が病院で受ける身体検査などで公に知られると
まずい。
「ちょっと待ってて」
 俺は保健室から出て人気のないところでケータイを取り出し電話を掛ける。コール音
が鳴るこの時間が酷く長く感じる。
「もしもしノリコさん」
「どうしたのマドカ。まだ学校でしょ?」
「ちょっと困ったことが起きたんです。今すぐ学校に来て欲しいんですが」
「何か問題でも起こしたの?」
「いや、俺じゃなくて……。昨日の夜の……レイのことです……。家の方と連絡とれな
いらしくて……病院に運ばれたらまずいかなって思ってノリコさんに電話したんです」
 そう言うとノリコさんは黙っている。受話器の向こうからは何かガサガサ音をさせて
いる。これは、資料の山が崩れている音だ……。研究所も資料の山なのだろうか。
「……わかったわ、すぐに行く。十分くらいでつくから待つように言っておいて」
 ケータイをしまって保健室に戻る。すると保健室の入り口にトオルが待っていた。
「よォ、なんとかなりそうなのかァ?」
「うん、連絡取れる人がいたからその人が迎えに来るって」
「そうか、俺は面倒ごとに巻き込むのは好きだがァ巻き込まれるのは嫌いだ。俺は教室
に戻る。じゃな」
「トオル!」
「あァ? なんだよ」
「ごめん、さっき疑って。それとありがとな」
「開堂は何か勘違いしてるね。嫌われるようなことはしてるけど、感謝されるようなこ
とはしてないよ」
 トオルはさわやかに笑いながらそう言って教室に戻っていく。俺は保健室に入り保健
室の先生に迎えが来ることを伝える。
「ミミ、レイはどう?」
 ミミに聞いたってわかるわけない。トオルに言われたせいなのか何かよくないことが
起きる気がして落ち着かなかった。
「人のデータが役に立つかわかりませんが、呼吸数、心拍数、血圧などの数値が低いと
思われますネ。人でいうなら衰弱状態ですネ」
「一体何が起きてるんだ……。」
 俺は椅子に座り誰に言うでもなくつぶやく。ミミもただただ椅子に座って見守ること
しかできず、黙ってレイを見つめていた。
「レイは今朝のミミと同じように悩んでいたんですネ。ミミ、屋上でサボっているレイ
と色々話しましたネ」
「さっき言ってたな」
 レイもミミのように、自身が必要とされているのかを悩んでいた。研究から外された
と思っていたところにさらに自分が人間じゃないと知っったのだろう。その精神的スト
レスがどの程度のものなのかは俺には想像つかない。けどそれがつらいものだというこ
とは窺える。
「ミミはレイに言ったのです。今朝マドカがミミに言ってくれたみたいに。そしたらレ
イは笑ってくれました」
「……すごいじゃないか。ミミは誰かの役に立てて」
「マドカのおかげですネ」
「そんなことはないさ。ミミが……ミミだからレイは笑ったんだよ」
「……マドカ、何か悩んでいますね」
「そりゃ悩むさ。突然レイが倒れたんだ」
「違いますネ。マドカ震えてますネ。あの時のことを……」
「不吉なことを言うな。あんな事、あんな理不尽なことはもう起きるはずない」
「そうですネ」
「そうだ、ノリコさんが迎えにくるってこと言ってなかった。ミミもその時に一緒に帰
るんだ」
「マドカは一緒に行かないんですか?」
「俺はこの後授業だ」
「あ、そうでしたネ……」
 その後は会話もなくただノリコさんの到着を待っていた。
「……保健室の先生はどこに行っているんだ?」
 だけど俺は沈黙に耐え切れず腰を浮かして廊下に出ようとした、その時
「遅くなったわ。早速だけどレイちゃんを車に運ぶのを手伝ってちょうだい」
 ノリコさんが少し慌てた様子でドアを開けて入ってきた。ノリコさんの様子に何か緊
急事態なのだと不安をあおられる。言われるがままに車の後部座席にレイを座らせる。
「うちに行くわよ。早く乗って」
 ノリコさんはミミがここにいることを特に何も言わない。
 ミミはレイを支えるように後部座席に座る。
「マドカもっ。早く乗りなさい」
「え、でも俺はこの後授業が……」
「いいから乗って。説明は移動しながらするわ」
 俺はいわれるがままに助手席に乗る。自分でもなんで車にのることを拒否しようとし
たのか、わからなかった。
 ノリコさんは車を発進させる。
「ノリコさん……レイ、今どうなっているんですか?」
 この質問を口にして何で車にのることを拒否したかわかってしまった。
「……単刀直入に言うわ。このままだとレイちゃんは、死ぬわ」
 聞きたくなかった。こんな言葉。
「なんでですか……?」
 どういう顔をすればいいかわからない。泣き叫べばいいのだろうか。それとも冷静を
装っていればいいのだろうか。俺の脳みそでは許容しきれずただただ現状を進めようと
する。
「これを見て」
 ノリコさんは用意しておいた資料一枚をミミと俺に一つずつ渡す。
 俺は資料に視線を落とす。まず挨拶文が目に入るが、すぐにノリコさんがペンでチェ
ックを入れたのであろう場所が目に付き、そこに視線を走らせる。

 ファントム社倒産に伴いクローン体のサポートが今後できなくなります。そのため不
測の事態によるクローン体の損失、死亡などの一切の責任を負いかねます。
 そのため『コード:ギロチン』(以下ギロチン)というものを一週間後発動させます。
ギロチンはクローン体細胞を自殺させクローンを衰弱させ死亡させるものです。
 クローン体は人権というものが一部適応されております。そのためクローン体を殺害
してしまった場合、法で罰せられてしまいます。今後不測の事態でクローン体が損傷し
死亡した場合も事件性を含んでしまう可能性があるということです。
 今回のお知らせはギロチンでクローン体を殺害するというのが目的です。なお、ギロ
チンで殺害する場合は殺人とはなりませんのでご安心ください。

「な、なんだこれ……。頭おかしいでしょ……これ」
 頭がどうにかなりそうだった。まるで業務連絡のような死亡通知。同じ人間がやって
いるとは思えない措置。まるでゴミ出しの日付を伝えるような気軽さ。
 そんなことをやるこの会社に吐き気をもよおす。車酔いなんかではなく嫌悪から来る
吐き気。
 そこまで読んでノリコさんの言っていたファントム社の悪評が納得できた。
「ノリコさん、なんとか、できるんだよね……?!」
 そう聞きたかった。けどノリコさんの慌てようと強張った横顔が最悪の答えを物語っ
ているようで、とても聞けなかった。
「本来ならこんなトラブルは起きないの」
 ノリコさんが運転しながら口を開く。
「ギロチンを発動させないよう、ちゃんとギロチンが発動する前にギヨタンっていう防
止プログラムが配送されてくるの。ギヨタンをクローンに書き込めばギロチンは止まる
わ」
「じゃあそれを使えばなんとかなるのっ?」
「それを使えばね。でもギロチンを止めるには管理者に渡されたギヨタンじゃなきゃ止
められないの。管理者以外の書き込みはアンチウィルスに弾かれるわ」
「まさか……」
 レイの管理者――家族はレイを必要としていないから……。海外から日本にレイを帰
したのも他の研究員に悟られないため、とか……。
「いや、そんなことはないッ……」
 レイは玩具じゃない。いらないから捨てるようなこと……。この時、俺は顔もうろ覚
えの母親のことを思い出していた。俺の存在を否定するような冷ややかな目。それだけ
は記憶にこびり付いていた。
「どっちにしろ。わたしたちじゃあ手を出せないわ。家についたら今度は海外にいるレ
イちゃんのお父様の方に電話してみましょ」
 俺は無言で頷くことしかできなかった。
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