物語

コード:ギロチン4

前のページに戻る/ 次のページに進む/ もくじに戻る/
「……ん……」
 レイの声がして俺は振り返る。
「ここは……どこなんですの? それに……」
 レイはゆっくりと立ち上がり辺りを見回す。
「どうして、泣いているんですの?」
 レイに言われて慌てて顔を隠す。俺はまだ涙を流していた。
「いや、これは、ちょっと……あれです、ゴミに目が入ったっというやつで」
「目にゴミがですわ……。まぁでもこんなゴミ山でしたらたしかにゴミに目を突っ込む
こともあるのかしらね」
 呆れたようにレイは言う。
「そうだレイ。どこか異常はない?」
「え? まぁ、特になんとも……」
 レイに異常はなさそうな感じから俺はその場に力が抜けて座る。
「いえ……むしろ、なんかおかしいですわ……」
「どうしたの?」
 もじもじしだして落ち着かない様子だ。普段こんな風にならないせいか妙に可愛いと
思ってしまう。
「なんてことを……いや何も口にしてないはずなのに……その、見えてしまうんですの
……スケスケですの」
 レイは顔を真っ赤にして慌てふためく。一体何がスケスケになっているのか?
「だから、シセンがですわ」
「え? 視線?」
「なんでもないですわ……それより何があったのか教えていただけるかしら」
「えっとね……」

「なるほどわかりましたわ」
「え? 俺まだ何も言ってないんだけど……?」
「ここがわたくしの中だからなのかもしれませんわね。さっきからマドカの考えている
ことがスケスケですの」
 マジッすか……。
「マジですわ。ミミがいないとここからは帰れないんですのね。ミミと合流しましょ」
「と言ってもこの世界どう歩けばいいのかわからなくて」
「……アンチウィルスは書き換えができたのなら」
 レイは地面に手をつくと地面から学校の教室の引き戸が生えてくる。
「うわっ、どうやったの?!」
「多分マドカに言ってもわかりませんわ」
 そう言ってレイは生えてきた引き戸をしゃがみ込んで触ったりして観察している。
「あぁ、まぁそうっすね……。本当レイはすごいよ」
「マドカだって、すごいですわ」
「俺は別になにもできないよ」
「そんなことはないですわ。わたくしからもちゃんと感謝しますわ」
 レイはそう言って立ち上がり俺を見る。
「あのコを助けてくれてありがとうございます」
 深々と頭をさげる。
「そんな、助けてなんか、ないよ」
「そんなことないですわ。わたくしはあのコの存在すら知らなかった。マドカだけがあ
のコを救えた。そしてちゃんと救ってくれましたわ」
 そんなにベタ褒めされると恥ずかしすぎてかえってなんて言えばいいのかわからなく
なる。
 それにまだ肝心の俺たちは助かっていないし。それに帰れても、もしかしたら……。
「もしかしたら、わたくしの居場所を作ってくれるんですものね」
「えっ?! そういうところも見えちゃうの?」
「むしろ見えないところがなさ過ぎてこっちも困っていますわ」
「……よく平然としてられるね」
「気にしたら負けかなっと思ってますわ。けど……やっぱり家族がわたくしをどう思っ
ているかは気になってしまいますわ」
 再び扉を調べている背中はなんだか寂しくみえてしまった。
「不安ですわ。どうしても……」
 俺はその背中に声をかえてやることができなかった。これは個人でなんとかできる問
題じゃない。もしかしたら俺もノリコさんもミミも犯罪者になってしまうかもしれない
からだ。
 と、その時
「オオオォォォォ…………」
 地面から低く唸るような声が響く。
「なんだ?」
 俺はレイと顔を見合わせるがお互い同じようなことを考えていた。
「ニガサナイ……ニガサナイィイイイイイイイイイ!!!!!」
 辺りのゴミ山から黒い霧が噴出する。辺り一面は黒い霧に覆われ視界が狭まっていく。
「マドカ、ここから外に逃げますわよっ!」
 引き戸を開けて外に逃げる。引き戸の外は学校の廊下。またもや際限なく廊下は続い
ている。
 レイが走りだし、俺もレイについて走る。
「一体何なんだあれは?!」
「あれはギロチン本体。マドカの持っているギヨタンでは削除しきれなかったんですわ
……!」
「そんな……! そうかッ……」
 レイの中のギロチンはレイのお父さんが持っているギヨタンじゃなきゃ消せない。ノ
リコさんのではダメだったんだ……。
「子供のわたくし――アンチウィルスがいなくなって制御がきいてないんですわ」
 なんとかなったと思ったのに……。余計に状況は悪くなっているのか……。
「そんなことないですわっ。アンチウィルスが起動し続けていたらわたくしは目を覚ま
さなかったですわ。こうしてわたくしの意識があるんですもの。ミミと合流してここか
ら出れば、わたくしの意識は戻りますし、マドカたちも無事ここから出れますわっ」
「そうだっ、アンチウィルスがいないなら……。ノリコさんッ! ミミはどこにいるん
ですかッ!」
「――いま探してるッ! ……いたわッ。二つ先の教室の中ッ!」
 レイが扉を開ける。
「レイっ。無事だったんですネ!」
 なぜか首輪がついて鎖で固定されているミミ。しかも無駄に後ろに犬小屋まで用意さ
れている。これもアンチウィルスにやられたのだろうか。
「ミミまだ無事じゃないの。ちょっとじっとしてて」
 レイはミミの首輪に触れてじっと見つめる。
「ミミ、お前これ外すの朝飯前じゃなかったのかよ?」
「ミミの突破法を解析されてミミじゃ解けないのにされてしまいましたネ……」
「はいっ、外れたわ」
 レイがそういうと首輪が消失する。ついでに犬小屋も。レイの中でミミの扱いはそう
いうことなのだろうか。
「違いますわ。イヌのように愛嬌があって可愛いということですわ」
「なるほど……」
「オオオオオォォォォォ!!!!」
 廊下に轟音が響き机や椅子、窓がびりびりと振動する。
「ミミ、ここの出口を作るんだっ!」
「ムリですネっ。ミミの中ならともかくここじゃ作るのに時間が掛かりますネ!」
「じゃあどうするんだよっ?」
「固定出口がありますネ。そこまで走るしかないですネ!」
「結局それかよぉーッ!」
「ニゲルナァァァァァ!!!!」
「は、走れぇーッ!」
 俺らは廊下をひたすら走る。後ろや廊下の窓からは常に黒い霧が俺らを捕まえようと
立ち込める。
「もうすぐですネ! この先の教室が固定出口ですネ!」
 俺らは息を切らせながらも霧から逃げる。
 そしてミミが教室のドアを開けると教室中央に白い光がぼんやりと浮かんでいる。
「これが出口ですネ。この中に入ってください!」
 ミミが白い空間に飛び込む。俺もミミに続いて飛び込む。
「レイっ!」
 俺はレイに手を伸ばす。
 が、しかし
「入れませんわ……」
「えっ……?」
「わたくしだけ……この中に入れませんわ……」
 レイは表情を悲しく歪ませる。
「マドカ……」
 そう言った次の瞬間レイは黒い霧に乱暴に掴まれ、霧の中に消えていく。
「レイを返せえぇぇぇぇぇ!!!」
 俺は考えるより先に叫び、黒い霧の中に飛び込んでいた。
 黒い霧の中は水中のようだった。俺はもがくような泳ぎでレイを探す。
「レイっ! どこだ?! レイっ!」
「マドカ!? ここですわ!」
 レイの声がする方に手を伸ばすと暖かい手に触れる。
「レイッ! 大丈夫か!」
 うごめく黒は俺らを引き離そうと激しく揺れ動いている。俺は絶対にレイを離さない
よう強く手を握る。
「マドカ……どうして……」
「何言ってんの?! 俺らはレイを助けるために来たんだ! 一緒に帰るんだ!」
「わたくしはやっぱり帰ってはいけない存在なんですわ……だから……」
 レイは握る手の力を抜く。
「俺はいやだ……! いくな! いかないでくれ……! レイッ……」
 レイの手が離れそうになる。レイと俺の間が黒く染まっていく。そして徐々に顔も黒
く染められていく。
 俺はレイを助けられなかった。
 またもやレイを死なせてしまう。
「いやだ……。いやだ……」
 俺は必死でレイの手を掴みなおす。
「レイ!!」

――情けないですわね、そんな姿、マドカに見せていいんですの?

 声がした、ような気がした。小さな俺が情けない時に励まされた声が。
 俺は手を離すまいとレイを見る。
「わたくしは……鳳華殿怜……。その名に恥じることなく、頼ることなく強く生きてい
くと幼き頃誓ったではありませんか……!」
「レイ……?」
 俺の手が強く握られる。
「諦めるわけにはいきませんわ! わたくしはッ」
 俺らは決して手を離さなかった。
 しかし黒は激しく流動する。
 腕一本で繋がる俺らを引き剥がそうと黒は激しさを増す。
 決して手を緩めたりはしなかった。
「レイ! 絶対離さないぞ!」
「わたくしもですわっ! 死んでも離しませんわ!」
 だが、その大きな力の前では俺たちの抵抗は無力だった。
 黒が腹に響くような咆哮をあげると、俺の体に衝撃が走る。突然の衝撃に全身の力が
抜け、決して離すまいとした手は虚しく宙を掴む。
 黒の中に消えていくレイ。
 終わった。
 今度こそ、終わった。
 そう思った。
 もうダメだと。


「――ギヨタンを発動しますッ!」

 響く。
 声が響く。
 ミミの声。
 声紋認証。
 ギヨタンの発動。
 黒の中に一筋の白い点が現れる。俺はその白に手を伸ばす。すると白は爆発する。
 まるで黒一面の絵に白い絵の具を垂らしていくように黒に白い点があふれていく。
 白い点は黒を侵食していく。そして俺の視界も白一色に染まってく。そして――
 
 ひんやりとした感覚で覚醒する。
 すると次に鈍い痛みが体中に走り、思わず身をよじると
 目の前にはレイがいた。
 俺と同じように痛みに顔を歪ませている。
 心なしか目の周りが赤くなっている。
 残ったのは俺とレイだけ。
 霧に投げ出され俺らは教室の床に寝転がっていた。
 先ほどのことが嘘のように静寂が訪れる。
「何が……起きたんだ?」
「助かったんですの……?」
「助かった……と思う」
「マドカ、どこか異常はあります?」
「なさそうだね。レイは?」
「わたくしも大丈夫ですわ」
 とりあえず、助かった。
 立ち上がろうとして俺は気付く。
 ずっとレイと手を繋いでいる。
 俺が手を離そうと手の力を緩めると
「もう少しだけ、握っててくださる。もう少しだけですわ」
 レイの手は震えていた。
「うん」
 と答えて俺らは少しの間そうしていた。

「あんまり待たせるもの悪いから。そろそろ戻ろうか……」
「え、えぇ……そうですわね」
 なんだか気まずい空気が流れる。
「二人とも仲がいいところ悪いんですけどぉ……」
「おわっ! ミミいつからそこに?」
 ミミ体育座りして固定出口の中から俺らの方を見ている。
「ずっとですネ。ここから二人が、何かもじもじしてるの見てましたネ」
 ミミは白い空間の中から遠い目をしながら答える。
「続きは家でやっていいから早く戻ってこいって所長が言ってますネ」
「続きって……! いや続かないから、これ以上はっ」
「え……?」
 と、思わず声を上げてしまう子が一人。そしてすぐに
「え、あ! そうですわ、ここでは何も続きませんわ!」
「顔を赤くしながら言っても説得力がないですネ……」
「よ、よし! 戻ろう!」
 俺はいそいそと白い空間に入る。
 振り返るとレイは白い空間の前で、少しうつむき立ち止まっている。
 俺はレイに手を伸ばす。
「帰ろう、レイ」
「……そうですわね」
 レイは俺の手を取り今度こそ白い空間へと入り込む。
「いいですか? それじゃ、戻りますネ!」
 ミミがポンと手を叩く。すると軽い浮遊感が漂い意識が沈んでいく。
前のページに戻る/ 次のページに進む/ もくじに戻る/
inserted by FC2 system