赤目の林道先生

8日目1

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 八日目、放課後、ケン君とマホちゃんとマナちゃんを呼ぶ。
「ニューフェイスが今日は来ます。ケン君のお友達のシカバネ君です」
「でもシカバネ、学校に今日来てないっすよ」
「大丈夫、そこはボクが何とかするから」
 さぁシカバネ君を呼び出そうか。ボクはシカバネ君の住むマンションを見上げる。ここ
からならフィギュアの移動射程内ギリギリらしい。ちなみにボクは距離を稼ごうと壁に少
しでもめり込み掲げろと言われてそれを実践している。住民に見られたら間違いなくあや
しまれるだろう。下手したら警察を呼ばれそうだ。
 待つこと五分。ゾンビのように四肢をくねらせながらマンションの横に制服姿のシカバ
ネ君がやってきた。どうみても乗り移られてます。
「あのさ、もうちょっと人間っぽく動けないの?」
「コ、レ…でも、ましなほう」
「そうかい。それじゃ学校まで人に通報されないように行こうか」
 右足を引き摺り右腕を肩から捻り、顔は空を見上げ、口は半開き表情は寝起きのケン君
を髣髴とさせる。
「シカバネ君の印象が元々こんなだから違和感ないけど女の子達に乗り移るのはやめてあ
げてね」
「そん…なに、へんデスか?」
「ヘンデス」
 マホちゃんに乗り移らせてマナちゃんを追いかけさせれば本当にB級ゾンビ映画みたく
なりそうだ。狙うのは人の肉(中学生以下)。……どっかの団体から訴えられそうだ。
 学校に着くと日は沈みかけて校舎はオレンジ色に照らされている。生徒の声も少なく、
聞こえるのはグラウンドでの野球部やサッカー部の音だけだ。
「階段は上れるの?」
「だい、じょうぶです」
 そう言って左手を手すりに掛ける。左足を一段目に乗せ、今度は右手を手すりに掛ける。
そして体を引き上げるように両手で一段目を上り終える。どうやら右足は捨てているらし
い。
「ねぇ、この作業をあとえーっと…二十三段やるの?」
「だい、じょう、ぶです」
「いや多分、シカバネ君がダメだと思うんだよね。ちょっと待って……聞こえる?」
 「力」を使い、フィギュアに呼びかける。
『はい、聞こえます』
「普通に話しているときと印象が大分変わるけど何とかならないの? これじゃ本当にゾ
ンビだよ」
『無意識に操作が出来ないんです。意識していないところは力が掛からなくてどうしても
だらっとしてしまうんですよ』
「んー。ボクが右側を支えるから左側を意識しててよ」
『分かりました』
「はい、いっち、に、いっち、に…」
 なんか介護体験の科目を思い出す。学生の時やらされたなぁ。
 二階について引き摺るように空き教室に連れて行く。
「今戻ったよ…」
「先生、運動会の予行練習でもしてるような声が聞こえてましたけど」
 待っていたケン君に何か言われたが突っ込むのがめんどくさいのでスルー。
「あぁ、良い汗かいたよ…それじゃ、準備しようか。ケン君はシカバネ君の椅子を持って
きて。それと、ボクを見ていてくれ。マホちゃんは廊下から誰か来ないかを見てて。マナ
ちゃんは……フックンと保健室で待機していてくれ」
 各々に指示を出す。ボクのすぐ横に椅子を置く。そこにフィギュアを置き対面にシカバ
ネ君の椅子を置き、そこにシカバネ君を座らせる。ケン君はすぐに起こしてもらうために
ボクのすぐそばに、マホちゃんは廊下に椅子を置いて待機する。マナちゃんは恨めしそう
にボクを見る。後で、そこら辺の話はするから待っててね。
「フィギュア、シカバネ君は大丈夫?」
『大丈夫です。いつでもどうぞ』
「それじゃあ、もっとボクに寄って、そして目を見てくれ」

 真っ暗闇の中に光を探す。上を見上げれば星空のような無数の光。それは徐々に数を増
やし、やがて空間を微弱に照らす。
「さて、まずは舞台を作ろうか」
 目を閉じて深呼吸。
 頭の中に舞台を探す。前を見れば木作りの小さな喫茶店とテラス。そのテラスの上には
スポットライト。
「次は主役を探そうか」
 闇の中に役者を探す。スポットライトが照らす場所にはシーンの主役が現れる。三つの
ライトが役者を照らす。
「次は観客席…は、いらないか」
 舞台の前に客を探す。でもここは夢の中、客は要らない。いるのは役者と舞台だけ。
「最後にヒロイン」
「私だッ!」
 広い空間にな繊細な声が響き、スポットライトの一つが舞台の上を照らす。光の輪の中
には凛とした表情のフィギュアが体を右半身突き出し立っている。
「……あのさ、ボクの世界で不意に暴れないでね。ただでさえ二人入れて不安定で一人は
「力」持ってて反発し合ってさらに不安定なんだから」
「あぁすみません。ここは居心地が良いもんでついつい興奮してしまいましたよ!」
「きっと精神だけの世界だからだね。でも精神ってのは不安定なものなんだ。君はこっち
の方が安定するのかもしれないけど」
「そうですね。ここでは肉体を難なく操作している気分です。それで、先生。私は何をす
ればいいのですか? 剛士もここに呼んでいるのでしょう」
「来てるよ。早速お話でもするかい?」
「いや、何かをやるためにこんな舞台やら無理矢理三人も連れてここに来たのでしょう? 
何を企んでいるのですか?」
 整った横顔と唇に笑いがこぼれ、流し目でボクを見る。そんな期待するように見られて
も大したものは用意していない。
「別にここに呼んだのはシカバネ君とお話でもしてねって感じで用意したんだよ」
「ふっふっふ、先生はそうやって何も考えてないフリをして何か企んでいそうですからね」
「はっはっは、残念ながら期待に添えられるようなことは企画はしてないよ。君を呼んだ
のはシカバネ君の「問題」を解くためにね、相談みたいなものだ」
「そういうことですか。私は基本的に先生に任せるつもりです。私が変に動くと迷惑が掛
かると思いますし」
 どうやら、察しているようだ。だが、ボクの用事は本当に大したことではない今回は、
二人をここで会話させることに意味がある。ボクは端の方で椅子にでも腰掛けていようか。
「シカバネ君を呼ぶけどいい?」
「いつでも良いですよ! 彼との会話は何度もしてきましたしね!」
 そう言ってボクの後についてテラスに入るフィギュア
「さっ、そろそろ呼ぶよ。あまり無駄に時間使うとケン君に起こされる可能性あるからね」
「ケン…。そうだ、彼にはちゃんと謝らないといけない。彼は大丈夫ですか?」
 どうやら、ケン君に迫った時のことを思い出したようだ。
「いやー結果的に良かったのか悪かったのか分からないから何とも言えないかなぁ。まぁ
今は別に謝らなくてもいいと思うよ。ケン君もマホちゃんの前で話されたくないだろうか
らね。……あ、話が逸れたね。それじゃ彼をテラスに呼ぶよ」
 ボクはテラスに上がり端の方の椅子に腰掛ける。
「えぇ、お願いします!」
 テラスが闇に包まれる。テラスにシカバネ君を覚醒状態で配置する。三秒ほどして再び
テラスが照らされる。テラスの上には椅子に座りながら前かがみになりうな垂れるシカバ
ネ君の姿とフィギュアの二人。
 彼はここを夢の中だと思うだろう。いや夢だと認識するのは起きてからだ。今の彼は何
の疑問もなくこの世界を受け入れる。これは、夢だから。起きてもすぎに記憶は溶けてし
まうだろう。
 そしてテラスの縁に寄り掛かっていたフィギュアは靴音を鳴らしシカバネ君にゆっくり
と歩み寄り片膝ついてシカバネ君と目を合わせる。
「君は、私のことを知っているかい?」小さな子供に童話を聞かすように語り掛ける。
「し、知らない…。ぼ、僕は…君のことは知らない…」顔を上げるがそこには不安や恐怖
困惑が塗りたくられている。
フィギュアは立ち上がり、シカバネ君の向かいの椅子に座る。シカバネ君はフィギュアを
追うように視線を移す。フィギュアはシカバネ君から少し視線を外して微笑む。それは愁
いを感じさせる儚い笑顔だ。
「…そうか。私は、君のことを知っているよ」
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