赤目の林道先生

7日目2

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 目を覚ますとそこは俺の家。あれ、今日はシカバネの家に行ったよな…。ボーっとする
頭が覚醒し辺りを見渡す。
「目ぇ覚めた?」
 横から突然声がして思わず立ち上がり、振り向く。そこにはマホとマナがいた。
「おはようケン君」
 今度は外からリンドウ先生が缶ジュースを持ってやってきた。
「あれ、先生。俺はどうなってたんですか…?」
「シカバネ君の家で君はフィギュアに精神を乗っ取られて自分の家にマホちゃんを呼んだ
んだよ」
「えっ!? その後どうなったんですか!?」
「ボクにマホちゃんから連絡が入って一緒に向かったんだ。それで、君の様子がおかしか
ったから覗いてみたらあんなことにねぇ」
 先生に近づく。声を殺して、聞かねばならぬことがある。
「先生…! 俺、マホに何もしてないですよね…?」
「んー? あぁ大丈夫だよ。何にもしてないよ」
 思わずため息が出る。マホもマナも不思議そうに俺を見ている。
「それじゃ、ボクは今日、他に用事があるから御暇するよ」
「マナも」
 え、え?
「えーマナも帰っちゃうのー?」
「今日はお母さんが早く帰ってくるから」
「そっか。それじゃ気をつけてね!」
 え? え?!
「今日も先生の手伝いしてたんでしょ。あたしが晩御飯作るからケンは座っててよ」
 待て。
「いや、ここは俺に晩飯を作らせて貰おうか!」
「ん、何よ。いいから座ってなさいよ」
「いや、ダメだ。俺が作る! 何を買ってきたんだ、ほら見せろ!」
「ちょっとどうしたのよ!?」
「お前が座っててっててろよ!」
「はぁ? なに言ってんのよ?」
 イヤだ! さっきのマホは心臓に悪すぎる…。もう思い出したくもないっ!
「ちょっとどきなさいよっ…!」
「「ってうわっ」」
 足がもつれてマホに覆いかぶさるように倒れる。が、そこで漫画やアニメのようには行
かない。普通に俺式ボディプレスが炸裂する。ちゃんと衝撃は吸収したから痛くはないは
ず。しかも床は畳。畳万歳!
「ギャッ! んなぁにすんのよ、バァカッ!」
 マホの茶色い悲鳴が上がり俺の脇腹に突きを入れる。
「ひでぶぅッ!」
 マホから離れるように転がる。ついでに、テーブルに頭をぶつける。
「あたしは倒れた時に勢いよくぶつけたわよッ!」
 もう一発突きを脇腹に入れられる。
「ほ、ほんろにいれー…」
 経絡秘孔を突かれた痛みで地に伏せる。マホは立ち上がり服の乱れを直し、俺を睨む。
「と、とにかく晩御飯はあたしが作るからおとなしくしてなーさいっ!」

 さて、ボクは彼に会いに行かなくては行けない。多分これを探しているだろう。
「彼が行きそうな場所って心当たりあるかい?」
『剛士は買い物以外は外に出ないから、家にいると思いますよ』
 ボクの内ポケットの中にはフィギュアがある。しかし、「力」を使うとマホちゃんと同じ
ぐらいの大きさのフィギュアが空中に半透明で浮いている姿が見える。
「なんか幽霊みたいだよ、君」
『はっはっは、先生。私は精神しかない存在ですから。幽霊とはあまり変わらないかもし
れませんよ。ちなみに先生と同じように「力」を使って人に乗り移ることも出来ます』
「本格的に幽霊だね。乗り移ってシカバネ君と話すことはできるの?」
『いや、ん、したことはありますが、本当に夢の中で、だったので覚えていないと思いま
す。覚えてても夢の中に私が出てきたなって程度かと』
「それは乗り移っている時?」
『えぇ、私は先生みたいに記憶を覗くことはできますが干渉したり、さっきの場所を作る
ことは出来ません。できるのは「乗り移る」ことと「覗く」あと「操る」ことの三つです。
あ、でも乗り移っているときは少しだけさっきの世界みたいに色々できますよ。まぁ起き
た時に殆ど記憶に残りませんけど」
「微妙に「力」が違うんだね。ボクだって記憶を覗くって言っても「過去」を見るのであ
って「今」は覗けない、つまり、心の中で会話、みたいな事は出来ない。君の「力」は頭
の中での会話が出来ている」
『なるほど、確かに違いはありますね』
「ところで記憶操作することはできないの?」
『本人の意思にほんの少し干渉できますが記憶操作は出来ないです。あ、でも記憶の受け
渡しは出来ます』
「記憶の受け渡しって?」
『記憶の一部を抜き取ったりコピーして私の記憶として使うことが出来るんです。そして
他人に私が乗り移ったとき、私の記憶のコピーを出来るんです』
「あぁ、つまりUSBみたいな働きが出来るんだ」
『USBって言うのが私には分からないですが…。先生の言う記憶操作というのはどうい
ったものなのですか?」
「一部の記憶の改変や封印ができるんだ」
『凶暴な「力」ですね…』
「けど。他の人に操作されている間は安定して効果を発揮できないんだ」
『安定して発揮できないっていうのは?』
「狙った記憶を改変できなかったり記憶が壊れるんだ。だから基本的に他人に操作されて
いる間は弄れない」
『先生は「力」のことをかなりご存知なんですね。あ、先生そこのおもちゃ屋、寄って行
きませんか?』
「ん、あそこにシカバネ君はよく来るのかい?」
『えぇ。でも今は私の都合で寄りたいんです』
「んー。それって副作用?」
『副作用…ですか?』
「うん、ボクは「力」を使うと缶ジュースが欲しくなるんだ。君も何かが欲しくなるんじ
ゃないのか?」
『…そうですね。なるほど。そうです。私は今猛烈に、人肌が恋しいのですッ! いや人
形肌ですね』
「シカバネ君の部屋のものって君が集めたのかい?」
『えぇ、そうです。私が買ってくるようになってから彼が自分から集めるようになったの
もありますよ。このガチャポンとか学校の帰りにやってましたし。あ、この子良いですね』
 おもちゃ屋に入るなり店内を飛び回り物色し始める。ボクは人形なんて買ったことない
から何が良いのかは分からないので黙って待つことにする。そういえば、フィギュアって
寿命ってあるのだろうか。
「特に意味のない質問なんだけどさ。君に寿命ってあるの?」
『ありますよ』
「本体のフィギュアが壊れたりした時とか?」
『はっはっはっ。正解は忘れられた時です。私のことを忘れた時、完全にこの世から消滅
します。あぁ儚き命。人は人に忘れられた時初めて死ぬのです…』
 舞台の主役のようにおもちゃ屋のぬいぐるみの山積みの上で空を仰ぐ。そしてぬいぐる
みの一つを儚げに見つめ頬を撫でる。きっとこのぬいぐるみも喜んでいるのだろう。多分。
「で、コレを買えばいいの?」
 ボクは歳に見合わない対象年齢十二歳の人形を買った。しかもお子さんにですかって、
ボクはまだ二十代なんだけど…。
『早く、あけてあげましょう!』
「と、言ってもどこで開けるの…」
『もちろん剛士の部屋でですよッ!』
「いや、ボクは先生だから理由がないと生徒の家には行けないんだけど」
『そうですか…。なら家の前まで連れて行ってくれれば大丈夫ですよ』
「ところでさ、シカバネ君ってさ普段何やってるの?」
『どうしてそれを聞くんですか?』
「ボクの担任しているクラスはZ組って呼ばれてて問題児ばかりが集められているんだ。
で、ボクはその問題児の「問題」を解いてまわってるんだよね」
『もしかして、私が「問題」じゃあないですよねー…?』
「どう思う?」
『…もし……私が「問題」だったらどうするんですか』
「今度はボクが聞くよ。どうしてそれを聞くのかを」
『それは、剛士は一人じゃ何も出来ないんです。私がいなかったら家でずっと引きこもっ
ているだけになります』
「でも、君が乗り移って外に連れ出したところで彼は意識ないから意味ないし。後さ、ケ
ン君の時もそうだけど君、人間の動きが出来てないよ」
『それはどういうことですかッ!』
「単純に「普通」じゃないんだ。「動き」が」
『「動き」ですか…?』
「あぁ、多分三日か四日前に君、シカバネ君に乗り移ったまま学校に来てたでしょ。グラ
ウンドで君を見たとき、すごくういていたんだよね。君はシカバネ君を外に出そうとした
んだろうけど、多分そういう一つ一つの行動が鹿羽剛士は挙動不審っていう印象を与えZ
組に来ちゃったと思うんだけど」
『そんな…』
「それでさ、君の本体をボクが管理しても良いかな?」
『それは私が剛士に乗り移って「問題」を起こさないためにですか…?』
「まぁ、それもあるよ。でも君が「問題」を起こしたおかげでシカバネ君の「問題」も分
かったわけだし。彼の「問題」は引きこもりでしょ?」
『……そうですね。私は彼を外に出て欲しかった。外には中とは違う楽しみがあることを
知ってほしかった』
「シカバネ君自身の「問題」は人に気付かれないような「問題」だ。けど、君が新たに「問
題」を作ったおかげでシカバネ君は自身の「問題」を解決する機会を得ることが出来た。
そう! これは見えない糸で紡がれた運命だったんだッ!」
 両手を広げて空を仰ぐ。大丈夫、ちゃんとまわりに人がいないの確認したから。
『先生、それはもしかして私の真似をしたつもりですか?』
「似てなかった?」
『はーっはっはっ! いえ、なんというか、私はあなたのことが好きになってしまいまし
たッ! 先生ッ! 私の本体を先生のそばに置いてくれませんかッ!』
「あっさりと話が進んだね。もっとごねられるかと思ったんだけど」
『先生なら剛士を外の世界に出してくれると信じてますよ!』
「ははは、期待に応えられるか分からないけどね」
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