mirai

3日目5

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 ミライと森本は体育用具室の中にいた。部活動で使われるため体育用具室は開いてい
た。
 走り高跳びの時に使うマットを運び出す。
「えっとお前なんていうんだっけ? 前会った時、名前聞いてなかったよな」
「ミライだよ。ちなみにあたしとジーサンは友達だから森本さんの名前は知っていたよ」
「ジーサンの友達だったのか! 俺のことは気易く森本って呼んでくれ。さん付けで呼
ばれるとなんだかこそばゆいからよ」
「わかった。じゃあ森本そっちの方持ってこれを玄関の外に運ぶの」
「こんなの何に使うんだよ?」
「今は時間ないから後でね。あともう一枚も運ばなきゃ」

「で、二枚とも運び出したら次どうするんだ」
「うん、次が一番重要なことなんだけど...。上を見て」
 森本は空を仰ぐ。
「屋上が見えるでしょ。そこから人が一人落ちてくるからキャッチするの」
「はっ?」
「んー、だから人が落ちてくるからキャッチするの」
「なんで人が落ちてくるんだ?」
「それはあとで教えるよ。今は落ちてくる人をキャッチすることに集中して」
「意味わかんねぇよぉ...。ったくあとでちゃんと説明してくれよ!」
 森本は屋上を見上げ両手を広げる。
「ありがとう、森本」
 ミライは森本じゃなきゃこんなことは頼めないと思っていた。森本の飲み込みの早さ
と単純さに再三感謝した。
(あたしが屋上で聞いたり見たものは他になかっただろうか? あたしは自分の姿を見
ていないから、自分に会っちゃいけない...。そうだ...! 一旦、玄関から出てくる。そ
の時に人だかりができていた...)
「あっ! あぁ...!」
「どうしたミライ、そろそろくるのか?!」
「あっはっはっはっはっは! みなさん! いまから、見たこともない奇跡をお見せし
ます! さぁ、マットの周りに少し離れてお集まりください!」
「お、おい、どうしたんだよいきなり...」
「そろそろ落ちてくるよ、場所はマットの付近、金網は落ちてこないから気にしないで
人だけに注意して、あたしは右、森本は左の方をお願い。詳しい落下点は落ちてきた時
に細かく指定するから...」
 ミライは小声で耳打ちする。
「さぁさぁ、帰る生徒も部活の生徒も委員会で残っている生徒もちょっと足を止めて見
て行ってくださいなぁ!」
 生徒達は何が起きるのかとちらほら足を止める。そして足を止める生徒が何を見てい
るのかと足を止める。何人かが足を止めて見ているものは何かと足を止める。
 そうして、いつの間にかミライと森本の周りに囲むように学生の円ができていた。
「なんでこんなことになってんだ...!」
 森本は状況が全く呑み込めず半分やけくそだった。
(来る...! 不良が目を覚ましてジーサンを突き飛ばす...!)
 周りにいた学生たちもいつの間にか静かに待っていた。
 あるものは何が落ちてくるのかと、あるものは何が起きるのかと。
 森本は今までの学生生活でここまで静かな瞬間は初めてだった。
 パラレルワールドに迷い込んだような感覚。似ているけど似ていない。
 学生はこんなにいるのに、誰一人として言葉を発さない。
 みな何が起きるのかと張り詰めて見ている。
 自分もそのひとり、マジシャンに指名された胸躍らす観客。
 頼まれた通り、指定の場所につく。
 本当に人が落ちてくるのか。
 横目でミライを見る。
 何かをつぶやいている。
 その声を捕らえようとした瞬間。
「来たぁっ!」ミライは叫ぶ。
 橋が開く様に金網が倒れる。
 屋上から黒い影が一つ飛び出す。
 ミライは目を見開き、瞬時に森本に指示を出す。
「森本から見て半歩前っ! 右に一歩ぉ!」
 ミライは森本の腕の間に両腕を入れる。影の落下点に入りながら叫ぶ。
「っ...」
「っ...」
 玄関前の者皆が息を呑んだ。
 何か落ちてきたと、かなり大きなものだったぞと、人じゃなかったかと。
 森本とミライの腕の中には時三が。
「すげぇっ!!」
 誰かが言葉を発する。
 その一言で沈黙が破られる。学生たちは歓声を挙げる。
(やっぱり! さっき玄関で聞いたのはこの声だったんだ。ある意味救出は成功するよ
うになっていたんだ...。もしかしたら半透明になったのも別の理由が...?)
「森本、今から言うことを何も聞かないですぐに実行してほしいの...。玄関近くの階段
を上がるとあたしが愛を抱きかかえて下りてくるからあたしから愛を預かって、ここに
戻ってきて。お願い!!」
「なんだか意味が判らねえが、ここまで来たんだ! やってやるぜ!」
 森本は校舎内に駆けだす。
(あたしは玄関から見えないところに...)ミライは時三をおんぶしながら人だかりの中
心に身を隠す。
「なにやってんだぁ!!」
教員が玄関から出てくる。
(森本...急いで...)
「ミライ!! 愛を連れてきたぞ!!」
「森本とりあえず逃げよう」
 二人は人だかりを利用し教員に見つからぬよう校門を抜け時尾家に向かった。

「ん...。あれ...」
「ジーサン! 目が覚めたか! ミライ! ジーサンが目覚ましたぜ!」
「僕は...何をしていたんだっけ...屋上にいて...、...! 愛は?!」
「時三君...!! 時三君...!!」愛は泣きじゃくりながら時三の胸にうずくまる。
「愛...どうしたのいきなり...あっ」
「思い出した?」ミライは時三の様子を見て安心しきった顔を見せる。
「......一体何があったの? それに森本...。さっきは大丈夫だったの」
「あぁ、今はもう何ともないぜ!」
 森本は力を込め大丈夫であることをアピールする。
「愛は大丈夫?」
「うん...うん...うん...」愛は何度もうなずく。

 時三は飲み物を四人分出して一息入れた。
「あの...どうして...その...森本先輩がいるのですか?」
 愛は散々泣きじゃくった姿を見せたことに少し赤面し申し訳なさそうに小さく手を挙
げ質問する。
「あ、そうか愛は森本のこと知らないんだった」
 ミライは森本の方を向いて。
「えっと森本は愛とジーサンを助けるのを手伝ってくれたの。それで」
 愛の方を向いて。
「こっちの小さな女の子が愛、おっけー?」
「あぁ、オッケー! よろしくな! 愛! 気易く呼び捨てで良いぜ!」
「あ、森本先輩...。時三君を助けてくれてありがとうございます!」
 時三はキッチンに立ち、愛はソファーに、森本はドアの近くに立っている。ミライは
テーブルの椅子に腰掛けている。
「自己紹介はこんなもんで。そろそろなんで助けることができたのか教えてくれないか」
 森本は麦茶を飲みほしミライに質問を投げかける。
「......」
 ミライは麦茶を一口飲む。
 時三はミライを見る。
 ミライはコップを傾けながら笑った。
「そうだね、じゃあ今回のネタばらしというか、...まずなにから言えばいいのか」
「好きなように説明してくれ、さっきの大立ち回りでどんな答えが返ってきても驚かな
いぜ」
「なら、じゃあさっきのジーサンと愛の救出から説明させてもらうね」
 ミライは深呼吸し時三と愛を見る。
「ジーサンは落ちる時まであたしがいたのを覚えているよね? 愛も覚えているよ
ね?」
 時三と愛はうなずく。
「森本も二人が落ちる時あたしがいるのを見てるよね」
「あぁ、屋上と玄関にいたってことになるぜ。どういうことだ」
 ミライは懐中時計を取り出しテーブルに置く。
「あたしはこのタイムマシンでタイムスリップできるの。それで、ジーサンたちが落ち
て過去の戻って、どこに落ちるのか、何時落ちるのか、助かるのかがわかっていたの」
 その説明に驚かないと言った森本はどう反応して良いか迷う。
 リビングを沈黙が支配する。
 ミライは時三のほうを見る。
 時三はなんて言ったら良いのか分からないのか顔を伏せてしまう。
 森本はコップをテーブルに置き質問を投げかける。
「それで、まぁ未来から来たっていうなら何でこの時代というか、今に来たんだ?」
「それは...んー、まぁもう解決したから言っちゃうか。あたしのいた未来ではジーサン
と愛が仲違えしているの。...それを未来のジーサンはすごく後悔していてなんとかした
くてあたしをこの時代に送ったの」
「なんだそれ...すげぇ個人的な理由じゃねぇかよ...」
 森本は呆れた顔して軽く笑い飛ばす。
「どうして私たちは離れて行っちゃったの...?」
 愛は飲み終わったコップを傾け氷をからんと鳴らす。
「その理由がわからないからこのタイミングに来たの」
「時三君と離れて行っちゃう未来...。そんなの想像できない...」
「まぁ僕も想像できないよ...」
「ふふ、二人とも何言ってんの」
 ミライは笑う。二人は何を笑われているか分らない様子だった。
「まぁ、もうその未来はなさそうだけどねー」
 そう言ってミライはポケットの写真を眺める。
 三人は写真を覗きこむ。
 写真には、時三と愛の二人の姿があった。
「...今度こそ、終わりだね」

 その後四人は解散した。
 玄関の前で森本と愛を見送る。
「二人ともよくあんな説明で納得してくれたね...」時三は二人の背中を眺めながら呟い
た。
 二人はリビングに戻る。
「じゃあ晩御飯の準備しますかぁ!」ミライは伸びをしながらキッチンに向かおうとす
る。
「ねぇミライ、一つ聞いていい?」時三がリビングの窓から夕日を浴びながら聞く。
「ん、なぁに?」
「お前、どうやって帰るんだ?」
「......」
「僕たちを助ける時に、タイムスリップしたんだよね...」
「うん」
「前にいってたよね、あと一回分しかないって...」
「そうだね」
「そうだね、じゃないよ! ミライ、帰れなくなっちゃったんじゃないか! その体の
メンテナンス。確か一ヶ月に一回しないとだめなんでしょ...」
「多分いつも通りに動けるのはもう三日か四日ぐらいが限界だと思う」
「そんな...。今は平気なの?」
「ちょっと、腕がしんどいぐらいでまだまだ動けるよ」
「もしかして、不良の時や僕たちをキャッチしたときのが負担に?!」
「ううん、そういうのは大丈夫だよ。一ヶ月はフル活動できるようになってんだから!」
「でも、あと三日たったら...」
「んー...。まぁ...残念だけど、この時代では生きていくことができないからね」
「そう...だよね」
「もう、ジーサンったら、しんみりしないでよ!」
 ミライは笑いながらキッチンの方へ向かう。
「まぁ、もし覚えていたら三十年後にまたあたしのことを買ってよね」
「...ミライは悲しくないの...」
 時三はミライの方へ振り返る。
「? 大丈夫だよ?」
「あと三日しかいられないんだよ...」
「......まぁ、悲しくないっていったら嘘になるよ。でも、ジーサン達を助けることがで
きたからあたしは満足している! ...だから悲しくなんかないんだから」
 ミライも時三の方へ振り返る。
「だから......あと三日間はあたしにできることをやらせて、ね」
 ミライの笑顔を見て、時三はこれ以上何も言えなかった。
 ミライは晩御飯を作り始め、時三はソファーに深く腰掛け天井を見つめていた。
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