mirai

4日目3

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 何でもない話をしているうちに校門に着き、ミライは器具を受け取る。
「ぼくらに今日は晩御飯任せてよ」
「うん、じゃあお願いします! ...見つかるとまずいからもう行くね」
 じゃあねと三人に、鍋を持つ手を軽く挙げ踵を返してミライは走って行った。
 三人はミライの後姿を見送り教室に戻り晩御飯に何を買って帰るかを話し合う。
「食費は僕が出すとして、愛にはオムライスをお願いするね。で、僕と森本は他の料理
を担当するよ」
 任せておけよと森本は意気込む。その姿を見て時三は晩御飯のおかずにカレーパンが
出ないよう気が引き締まる思いだった。
 チャイムが鳴りその場は解散する。午後の授業が始まる。


 ミライは小学校の給食室に一瞥し帰路に着く。片手に鍋、もう一方にはゴミ袋。重さ
は無いが大きいため両手がふさがれると少し歩きづらさがあった。
「行きの時よりかマシかぁ」
 ため息をつきながら、よろよろ歩く。軽くなった鍋の重さを感じると自然と笑みがこ
ぼれる。
「ジーサンには悪いことしたなぁ」
 時三に手伝わせて結局昼食を食べさせられなかったことに少し罪悪感を覚える。
 家の玄関の前のゴミ箱にゴミ袋を詰め込む。鍋を水につけて、ミライはソファーにそ
っと座りテレビをつける。
「思ってたより早いかも...」
 小さく呟きながら拳を作ったり開いたりして動きを確かめる。
(動きに鈍さを感じる。動かした時の遊びも大きくなってるし...。そろそろかぁ)
 テレビの音だけがリビングに響く。
 ミライは横になりテレビを眺める。
 「.........あ、これ再放送で見たことある...かも」
 ぼーっとテレビを眺めていた。

 家のドアが開く音がした。廊下の方からはただいまやらお邪魔しますと声が聞こえて
くる。
「あっ...」
 ミライは自分がいつの間にかスリープモードになっていたのに気付く。時計を見ると
四時半を回っていた。
「ただいまー。いまからご飯作るからミライはゆっくりしててよ、って珍しくすでにゆ
っくりしてるね」
 時三の後ろから愛と森本が顔を覗かせる。
「ミライ髪ボサボサになってんぜ。なんだぁ、昼寝でもしてたのか?」
「...! ちょ、ちょっと失礼するねー...」
 ミライは自分の髪を手櫛で整え制服のスカートを、はたいてよろよろと洗面所の方に
消えていく。
「ミライちゃん、よろよろしてたけど大丈夫かな?」
「うーん、寝起きだからじゃないかな......、じゃあ僕らはご飯作っちゃおうか」
 時三はミライが洗面所に消えていくのをリビングから覗き、森本と愛に向き直り料理
の準備をする。
 愛は買ってきた食材をテーブルの上に置いて冷蔵庫を確認する。
「時三君、冷蔵庫の中のは使っちゃって大丈夫かな?」
「いいよー。最近はミライがずっと料理してたから何入ってるかはあんまり把握してな
いけど」
「ジーサン、俺は何すれば良いんだ?」
「じゃあ、森本は食器出しておいてよ」
「はいよ」
「ごめん、ちょっと僕トイレ行ってくる」
 時三はリビングを飛び出し、廊下に出る。
 すると、廊下にミライが立ち尽くしていた。
「ミライ、大丈夫?」
「どうしたの? いきなり」
「......何かあったらすぐに言ってよ」
「大丈夫だって。ほらそんな心配そうな顔しないでよ。せっかくのみんなで食べるご飯
がおいしくなくなっちゃうよ」
 ミライはリビングに入り、森本にちょっかいを出している。
 いよいよ別れの時間が迫ってくると時三は不安を隠しきれなくなっていた。ミライが
話してくれたロボットが捨てられていた話が脳裏によぎる。
 廊下に一人立ち尽くし、ドア越しから見えるリビングの三人を眺める。
(残り二日...。ミライに何かしてあげられるのも後二日。いや、もしかしたら突然別れ
の時が来るのかもしれない。今できることを精一杯やってあげよう)
 時三はいつも通りの顔でリビングに戻る。
「トイレ長げぇぜジーサン! 結局愛がほとんど作っちまったぜ!」
「本当に愛一人で作っちゃったよねぇ」
 ソファーに座るミライはニヤニヤしながら森本にちょっかいを出す。
「待て! 俺はちゃんと食器だしたし、見ろ! 飲み物も持ってきている」
 右手にコップを、左手に二リットルペットボトルのお茶を構える。
「でもそのお茶はさっき三人で買ってきたやつじゃないかな...」
 時三は苦笑いしながらぼそりと突っこみを入れる。
「大丈夫! ジーサンも何もやってない!」
「それは自信満々に森本が言うセリフじゃないんだろうけど、たしかに僕も何もやって
ないし。愛何か手伝えることある?」
「ううん、後は私が作っちゃうから、三人とも待っててね」
「結局愛の料理をみんなで食べることになっちゃったね」
「まぁ、正直この展開は予想してなくはなかったけど...もうちょっと何か出来ると思っ
ていたよ」
「ジーサンはトイレ行っただけだもんな」
「普通に何もしなかったでいいでしょ。それ全然料理に関係ないよ」
 リビングにはフライパンで炒める音と、時三と森本のふざけあう声が響く。
「あ、そうだ、ちょっと買い忘れたもの思い出したから、もう一回デパート行くけど、
森本も一緒に来てよ」
 へいへいと返事をし時三の後に続いてリビングから出て行く。
 ドアが閉まる音がして男二人のふざけ合う声が家の中まで聞こえている。
 ミライは両手で頬杖を着いて愛の料理する姿を眺める。
 愛はミライと目が合い少し赤面しフライパンに視線を戻す。
「愛、今日はありがとね」
「ミライちゃんだってお昼カレーを持ってきてくれたもん、私のはお返しに、だよ」
「愛はさ、ジーサンとうまくやっていけると思う?」
「うー...ん。それは分からないよ。きっと良い事もあれば悪い事もあると思うの。その
時に時三君と喜ぶことが出来たり、その...もしかしたら喧嘩するかもしれないし」
「そうだよね。ごめんね、変な質問しちゃって」
「ううん、私だって時三君とうまくやっていけるのかなぁって考えるもん。じゃあ私か
らも一つ質問、いいかな?」
「うん、いいよぉ、何でも聞いてよ」
「ミライちゃんは未来の時三君と一緒に暮らしているんだよね。未来の時三君は元気に
してるのかな...」
 ミライは迷っていた。本当のことを言うべきか、それとも言わないでおくべきか。今
の愛なら、ミライのいた未来のようなことにはならないという確信はある。しかし、今
は大丈夫でもその先に何が起こるかは分からない。仲違えということに関しては嘘は言
っていないが本当のことを言っているわけではないことが愛に対して罪悪感が残る。そ
れと同時にあの未来の出来事を言うべきか葛藤していた。
 愛は、表情が曇るミライを見て心配そうに尋ねる。
「ミライちゃん。聞いちゃダメだったかな」
「大丈夫だよ。ただ、このことを話すことがさ、愛たちにどういう影響与えるかって考
えていたの」
「うーん、じゃあミライちゃんが話してもいいかなって思ったら聞かせてね」
「うん...ごめんね、愛。あ、でもこれは話しておきたいかも...」
「どんなこと? あたしのいた未来のジーサンはね愛のこととても心配してたんだよ」
「私のことを?」
「うん、未来のジーサンはずっと愛の事を心配していたの。離れて行ったことをとても
後悔していてできれば元の関係に戻りたいとも思っていた。そのことを話す...ジーサン
はとても悲しそうだったよ」
「......ありがとね...私ってとっても幸せ者なのかもしれない」
 ひとつ呼吸をして愛は申し訳なさそうな顔でミライを見る。
「ミライちゃん、ずっと言おうと思って言えなかったことがあるの。そして、謝らない
といけないことがあるの...」
「え?」
「私ね、四日前にミライちゃんと時三君が家の前で会っているの見て、その...嫉妬した
の...。ミライちゃんはただ時三君を助けに来ただけなのに、私が一人で勘違いしてね、
それで、それで...」
「いいんだよ愛。誰だって誤解するものだって」
「でも...!」
「愛、誤解してそのままだったらいけないことだよ。でも愛は誤解を解くことができた
じゃない! だからいいの。大丈夫だよ、愛」
「ありがとう...ミライちゃん」
 いいのいいのとミライは笑いそれにつられて愛は笑みをこぼし料理に集中する。その
姿をミライは小さく笑いながら眺めていた。


 時三と森本が帰ってきて全員テーブルにつく。いただきますという声とともに四人の
箸が動き出す。
 三人に愛の料理は好評だった。森本はうまいうまいと箸が止まることはなかった。
 愛は料理が好評だったことにほっと胸をなでおろす。
 時三はミライを見ながら愛の方がうまいんじゃないかと挑発をする。
 ミライはそれにさすが恋人同士と時三と愛をまとめて弄る。
 いつもとは違う騒がしい食卓がそこにはあった。

「おいしかったよ。愛―」
 ミライはオムライスを平らげ満足そうに笑う。
「プリンも買ってきたんだけど食べる?」
「ジーサン、森本ぉ、あたしは三人が友達で良かったよー。あぁぁ...おいしいぃ!」
 ミライは弾けるような笑顔でプリンを口に運ぶ。
「買ってきたプリンでここまで喜ばれるとはな...」
「うん、僕もここまで食べ物で喜んでる人は見たことないよ」

 全員が食事を終え、ソファーや椅子に腰を掛け、テレビを見ている。
「あれ...ミライ?」
 ミライがいつの間にかリビングにいなかった。気になった時三はミライを探しに廊下
に静かに出る。
「ミライ?」
 廊下にはいない。トイレにももちろんいない。
 時三は胸騒ぎがした。まだ猶予は二日あるはずなのにもう、別れの時間が来た。そう
感じて時三は焦りだす。
「ミライ?!」
 自然と声に焦りの色が濃くなる。
家の中なんて探す場所は限られてくる。家の中にいるモノを探すのに五分もかからな
い。
 時三は最後に自分の部屋を開ける。
 真っ暗な闇が部屋を覆う。
 時三が部屋の明かりをつけてと入ろうとすると。
「入らないで!」
 ミライの声が時三の部屋に響く。
「み、ミライ、そこにいるの?」
「ごめん、ジーサン...」
「大丈夫?!」
「......あんまり顔も体も見せられる状態じゃないのと、足と腕が動かなくなってきた...
かな」
 暗闇に鈍い動きをする黒いシルエットのミライが見える。
「お願い、入らないで! この姿だけは誰にも見せたくないの!」
 時三が近づこうとするとそれを制止する。
「落ち着いて、ミライ。...ここからなら見えないから、だから、落ち着いてゆっくり話
そう」
 時三はミライの動転っぷりに驚いていた。ミライに投げかけるその言葉は自分にも言
い聞かすために言っているようにも聞こえた。
「あ、あ、ジーサン...」
 ミライはしゃがれた声を絞り出す。その声は人間のモノと違いはなかった。
「落ち着いてミライ、他のことを思い出して落ち着くんだ...。今日のお昼は何を作っ
た?」
「かれー...」
「そうだね、ミライがみんなに作ってきてくれたカレーだね。じゃあ朝は何を作った?」
「トースト...と目玉焼きとほうれん草」
「うん、そうだね。ほら、段々落ち着いてきたじゃないか。君はメイ...ヘルパーロボッ
トなんだろう?」
「うん...ジーサン、今間違えそうになった...」
 時三はドアを半開きにして時三の部屋に背を向け廊下に座る。しばらく二人の間に沈
黙が続く。
 そして先に、沈黙を破ったのはミライだった。
「ジーサン、あたしがこうなるのも帳尻っていうのかな。決まっていたことなのかもし
れないって思うの」
「どういうこと?」
「ジーサンと愛は昨日を境にギクシャクし始めるのを回避したけど結局、ジーサン達に
は別の事故が起きた。これはこの日にジーサンは事故に会うっていう運命だったんじゃ
ないかな」
「...何言ってるんだい。その運命を変えに来てくれたのがミライ何だろう?」
「でも、結局ジーサンに問題が降りかかり続けた。愛とのこと、屋上でのこと、そして
あたしのことでジーサンに迷惑をかけ続けた...。ごめんね、ごめんね...今日のお昼もカ
レー食べさせることできなくて、ごめんね...」
 ミライは謝罪の言葉を吐きだすと止まらなくなった。
「もし......ミライが来てくれなかったら僕はずっと後悔し続けるんだろう?」
「......」
 ミライからは返事はない。時三は話を続ける。
「昨日のことでその後悔が少しだけ見えた気がしたんだ。それを助けてくれたミライに
はむしろ感謝してもし足らないくらいだよ」
「......」
「だから、こうなってしまったことを謝らないでほしい。......助けてもらった僕が言う
のもおかしな話だけどね...」
 ミライからは返事はない。しかし床を伝ってミライがまだ動いていることだけはわか
った。
「ねぇミライ、もう時間はない、この後どうするの?」
「......今のあたしを人に見られたら、多分未来がかなり変わっちゃうと思うの。だから
...」
 ミライはその後の言葉に詰まる。そして時三の部屋から床の軋む音が聞こえる。ミラ
イが立ち上がり動こうとしている。
「だから...ここでお別れ。あたしはこれから人に見つからない場所で解体処理をしない
と...」
 時三はその一言で胸が苦しくなるのを感じた。すぐにでも別れの時は来る。それはわ
かっていた。
 しかし実際にその時が訪れて時三は実感する。目頭が熱くなるのを感じる。泣くつも
りなどなかった。できることなら笑ってじゃあねと言って別れたかった。
「...っく...」
 時三は次の言葉が言えなかった。別れの言葉が言えなかった。これを言えば本当に終
わりだと思うとその言葉が出なかった。
「愛と森本と最後に会えなかったのは残念だけどよろしく言っておいてね...」
 時三から返事はない。ミライは一度ドアの方を見て、時三の部屋の窓枠に足をかけよ
うとしたその時。
「待ってミライ」
「......何、ジーサン」
 ミライはひとつ息を吐き窓枠から部屋に足を戻しドアの方を見る。
「ねぇ、もしこのままミライがこの家にいたらどうなるんだっけ...」
「ジーサン、時間がないから何が言いたいか手短にお願い」
「...まだ、一緒にいたい」
「えっ」
「まだ、一緒にいたいんだ」
「...ジーサン...それが無理だからこうなっているんだよ...」
「じゃあ、僕がなんとかする」
「無理だよ...。あたしの技術はあと二十五年後なんだよ」
「じゃあ、二十五年間、うちにいたらいい」
「ジーサン、もし他の人に見られたらどうするの? あたしは人の形をしている。もし
知らない人が見たらただ事では済まないよ...」
「そんなことはどうでもいい。二十五年経てばまたミライはなんとかなる。スクラップ
にならなくてもいいじゃないか」
「前に首のタグのこと話したじゃない...。あたしのいた未来はもうないんだよ...あたし
と同じIDのロボットが出てきちゃう。そうなるとあたしは違法機体扱いになって整備
を受けずにスクラップだよ」
「そんな...」
「だから、あたしのことはもういいよ。ジーサンと愛を助けられたからもういいの。そ
れに森本も学校に行くようになって、写真にもうひとり写りだしたの。多分この人は森
本だと思う。だから、三人はこのままならこの写真のような明るい未来に辿りつく。だ
からあたしは...」
「...みらいは...」
 時三はミライの話を遮るようにつぶやく
「何? ジーサン」
「ミライはその写真に写っていないの?」
「......写ってないよ...」
「なら、そんなの意味ない。三人じゃイヤだ! 四人じゃなきゃ...四人じゃなきゃ...意
味がないよ...」
 時三のかすれた叫びにミライはドアから目を逸らす。
「ミライ、僕が何とかする。君を見つからないように二十年だろうが三十年だろうが隠
し続ける。......そうだ、僕がロボットを開発すれば......」
 時三は立ち上がり勢いよく部屋に入り込む。
「あっ...」
 突然、時三が部屋に入ってきて、ミライは慌てて顔を隠す。足元がおぼつかないミラ
イは尻餅をつきそうになる。
「そうだミライ! スクラップになる必要なんてない! 僕がなんとかして見せる。つ
くって見せるよ! 僕がロボットを! ミライを!」
 時三はよろけるミライの腰と肩に手を回す。ミライは慌てて時三から顔を逸らす。
 ミライはその興奮する時三は見て未来の時三の姿に被って見えた。何かを作ってその
度に子供のようにはしゃぐその姿を。
「...ジーサン、うん。もうお別れなんて言わないヨ...」
「ミライ...」
 時三はほっとしたように笑みをこぼす。
「そレで、そのジーサン...」
 ミライは言いづらそうに視線を隅に向ける。
「何、ミライ?」
「あたしの保管方法なんダケど...」
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