赤目の林道先生

5日目2

前のページに戻る/次のページに進む/もくじに戻る/
 目を瞑っているかのような空間。そこでボクは灯りを探す。すると足元に灯篭のような
淡い光が灯る。それは夕暮れの星空のように存在を顕わにしていく。何も見えない空間に
光が灯る。それは夏の夜のような光。
 次にボクはドアを探す。それはこの空間に似合わない、マンションの一室の木作りのド
ア。三百六十度、どこを見渡しても辺りは灯篭の光のみ。
 そんな空間に、雲の陰に隠れていたように木作りのドアが姿を現す。距離にして十歩ほ
ど。灯篭を避けるようにドアに近づく。そしてドアノブに手を掛け中を覗く。
 そこには展示室のかと思わせるほど物に溢れている。天井を見上げれば車や鉄道模型。
棚の上にはフィギュア等等。ガラスケースの中は三段になっている。中には一番下から歴
史の人物のフィギュア、ロボットのプラモデルが飾られている。一番上は何も無い。隙間
無く飾られた部屋になぜか、ガラスケースの一番上だけ何も無い。元々、何も無かったの
か。それとも、ケン君が覚えていないのか。見れば見るほどガラスケースの中に違和感を
覚える。
 ここの世界は夢の中。ケン君を呼び出して聞くことも出来る。しかし、ここに存在しな
いもののことを聞くことは出来ない。知らないものはこの世界には存在しないからだ。
 どうする、まだ部屋の中を調べた方がいいのだろうか。いや、今日はボクが覗いたシカ
バネ君の記憶とケン君が実際に見た記憶を比較するために呼んだ。
 随分と違うものが出てきたことにはどう説明つけようか。ボクがシカバネ君の記憶を覗
いた時は全く情報が出てこなかった。しかし、ケン君の見た記憶からは全く別の部屋が出
てきた。これは誰かに「力」を使って記憶操作されている、のだろうか…。正直なところ
「力」を持っている人には福沢先生以外会ったことがない。「力」を持っている人にもし操
作されているとしたら何か弊害が出るのか、何も分からない。
 でも、一体誰がシカバネ君の記憶操作をしたのだろうか。色々調べなくてはいけないよ
うだ。ケン君には明日も頑張ってもらおう。
 ん、明日は…。ケン君は、明日バイトだったな…。マホちゃんやマナちゃんに頼むこと
は出来ないし。……明日はボクが学校で話しを聞いてみようか。何か聞き出せるかどうか
は分からないけど。
 シカバネ君の部屋の窓から外を見る。窓の外にはケン君の少し前の記憶。保健室に寄っ
た時の記憶が見える。フックンがダンボールに潰されかけている時の記憶だ。
 そういえば、ダンボールの中には何が入っていたんだろうか。
 なんとなく疑問に思い窓を飛び越し保健室に飛び降りる。時間の止まった保健室。あの
時ここ、事務室にいたのはケン君、フックン、ボクの三人。配置的にはフックンが座り込
んでいてその右隣にボク、フックンの後ろにケン君だったはず。
 誰にもぶつからない位置に立ち時間を流す。保健室の中が生き返る。
「あのー、このダンボール何が入っているんですか?」
 ケン君はダンボールの中を覗きこむ、ボクもつられて中に目を向けている。
「主にワタシの私物でしてー…。見てもあんまり面白いものじゃないですよ」
 中には使い古した大学ノートが何十冊も入っている。表紙には使っていた期間とフック
ンの名前が書き込まれてあった。
「あ、あとはワタシが片付けときますので。それでリンドウ先生の用事ってなんですか?」
「あっえーっとですね。また生徒さんを保健室に連れてくることが多くなると思いますの
でってことを言いにきたのです」
「さっそく、連れて来ているのね。いいですよ。使っても構いませんよ」
 ボクはフックンにありがとうございますと一礼して事務室から出る。
 おっと、ボクがボクにぶつかるところだった。ケン君はフックンのダンボールを片付け
るのを手伝わされる。
「これってなんのノートなんですか?」
 ケン君が降ろしたダンボールの一つを中腰で覗き込む。フックンも立ち上がり中身を覗
く。
「んー…。これはいつのだろー…。ワタシも何のノートだったか覚えてないのよねー」
 そう言って、フックンは一冊取り出し、流し読みをする。ケン君は中腰のままフックン
を見上げて待っている。
「んー…。んー? んー…」
 フックンは唸りながらノートとにらめっこしている。ノートに隠れたフックンの表情は
窺えない。ケン君はダンボールの中に視線を戻し。表紙だけを眺めている。勝手に中を見
ていいものなのか図っている。
「んー…。何時書いたのかしら、これ」
「俺も一冊見てもいいですか?」
「んー。ちょっと人には見せられないかなぁ。結構プライベートなこと書いてあるし?」
「そんなものを保健室にこんな溜め込むとはすごいっすね…」
「ワタシもこんなに溜めているとは思って無かったわ…」
 はははと苦笑いを浮かべダンボールにノートを戻す。
「ダンボールはここに置いといていいわよ。後はワタシが片付けるから」
 ケン君は大丈夫なのだろうかと苦笑いをする先生に釣られて苦笑いをしている。
「分かりました。……先生、片付け終わりましたよー」
 ケン君はボクに声をかけマホちゃん達を追いかけていく。これで保健室の記憶は終わり、
ゆっくりと時間が止まる。保健室のドアを開ければ次の記憶に行けるだろうが、これ以上
溯っても意味はないと思う。多分この記憶を見る意味もなかったがダンボールの中身が何
だったのかが気になって見てしまった。なんのノートかはなんとなく分かっている。その
ノーとを見ればシカバネ君の記憶操作の原因が分かるかもしれない。明日はケン君もバイ
トで動けそうも無いだろうから勉強会だなぁ。
 さて、今はこれ以上ここで知れることはない、と思う。
 目を瞑る。深呼吸。目を開ける。
 すると、息が掛かるくらいの距離でマナちゃんがボクの目を覗きこんでいた。
「あのー、マナちゃん。ちょっと離れてくれるかな。あ、ついでにさっき冷蔵庫に入れた
缶ジュース一本とってよ」
「うん」
 マホちゃんが今の光景を見ていたら大暴走していただろう。セーフ。マナちゃんは立ち
上がり冷蔵庫から缶ジュースを四本持ってくる。
「いや、そんなにいらないんだけど…」
「みんなでのむの」
 テーブルに四本缶ジュースを置いて正座する。なるほど、気の利いたことをする。
「ケン君、ほら起きて」
 船を漕ぐように頭をふらつかせ寝ているケン君を頭軽く叩いて起こす。なんだか授業中
居眠りしているケン君を起こしているみたいだ。
「え…俺寝てませんよ…ちょっと下向いて俺には何が出来るか考えていたんです…」
「いや、今授業中じゃないからね。そんな言い訳はしなくていいから」
 この子は、まったくもう。
「えぁ? あっ、どうでした? なんか分かりました?!」
 ケン君が目を覚まし、マホちゃんも洗物が終わりもう一度四人で食卓を囲う。
 缶ジュースを一口飲む。三人はボクの次の言葉を待っている。まぁ別に焦らしているつ
もりは無いけど、ボクは咳払いを一つして口を開く。
「ケン君の記憶のシカバネ君の部屋を見させてもらったけど、ボクの見たシカバネ君の部
屋と間取りは一緒だっただろうけど物の量が全く違っていたよ。特に趣向品の数」
「趣向品って、もしかして人形ですか?」
「人形…なのかな、あれは。プラモデルとかミニカーとかフィギュアとかって言えば伝わ
るかな?」
「フィギュアって、アニメとかのですか?」
「そうそう、よく知ってるねぇ。まぁ他にも色々集めているんだけどボクは全然分からな
かったね」
「先生はよくそのアニメのフィギュア分かりましたね」
「あぁ、ケン君から借りたゲームのだったから分かったんだ。残念ながらそれしか知らな
いから多くは語れないけど気になるならケン君に借りてみれば?」
「というか、俺んちにあったゲームは全部マホんちに置いてあるだろ…」
「あれ? そうだっけ…。全部引き出しにしまいっぱなしだから忘れてたわ」
「まぁ、その話は置いといて。シカバネ君の記憶は弄られていて趣向品の存在を消されて
いた」
「それは、つまりどういうことなんですか?」
「それは……まだ分からない。でもあの趣向品たちを隠していた。その理由を探らないと
ねぇ」
「でも、どうして記憶が弄られていたんすかね」
「弄られていると何か変わるんですか?」
 ケン君とマホちゃんがボクを見る。
「そうだね。多分弄られているとその趣向品に関する記憶がないんじゃないかな?」
「でも、家に帰った時、大変なことにならないっすかね。何も無いと思った自分の部屋が
い趣向品だらけの部屋になってたら…」
「そうだよねぇ。なら帰ったら記憶が弄られて元に戻るとか?」
「そんな器用な使い方できるんすか?」
「出来ないこともないけど……あまり現実的じゃないね。学校に行く時、帰ってきた時に
記憶操作することになるし。それに昨日今日ってケン君が一緒にいたけど、どう誰かシカ
バネ君に近づくタイミングなんてあった?」
「いや…なかったと思います。それに、部屋に入った時も俺は圧倒されましたけど、シカ
バネは慣れた手つきでガラスケースの中を手入れして眺めていましたし」
「手入れねぇ…」
「えぇ手入れして満足そうに笑ってましたよ。こう……フフ…フフフ……って感じです」
「あっケン! 家族は? ほら、家族なら学校行く時も帰ってきた時も会うでしょ?!」
「あぁ、でも今日行った時、あいつ帰ってきてすぐに自分の部屋行っちまってぜ。むしろ
俺の方が先にあいつの母親に挨拶したし。それに、母親もあいつの生活を把握していない
って感じだったなぁ」
「まぁ、ここでこれ以上進展させることは無理そうだねぇ。明日はケン君バイトだよね?」
「えぇ、そうっすね」
「マホちゃんには今のところ何かしてもらうことはぁ……ないかな」
「じゃあシカバネを見てますね」
「あんまりジロジロ見ちゃダメだよ」
「マナは?」
 あ、忘れてた。マナちゃんが何かを期待してボクを見るが…。
「マホちゃんの相手してあげてよ」
 あ、露骨に嫌そうな顔した。ちょっと前まで無口無表情だったのに数日で変わるもんだ
なぁ。
「はい、じゃあ今日は解散」
前のページに戻る/次のページに進む/もくじに戻る/
inserted by FC2 system