物語

しんだあの子4

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 その後、カタブチ君はまだぎこちなかったけど、レイと話すようになった。僕等はい
つも三人でいることが多くなり、そうすると自然にいじめられることもなくなっていっ
た。きっとレイが怖いっていうのもあるんだろう。
 けど、もしあの時、廊下でいじめられているカタブチ君を助けなかったら、いじめら
れることはなくなっていなかっただろうし、今の関係はなかったと思う。
 そうして、僕等の学校生活はいたって平和だった。

 そんなある日、雷雲が空をおおう放課後、ゴロゴロと何か不吉を警告するように空が
鳴いていて。いまにも雨が降り出しそうだった。
「マドカ、今日は暇だからケータイ見せてもらっていいかしら?!」
 ここ毎日、レイは家の研究に関わり学校が終わったらすぐに帰宅していた。
 帰りの支度を終えるとレイは平静を装って聞いてくるが早くエサを出せと待ちきれな
い犬みたいに机に身を乗り出してうずうずしていた。
「いいよ。けどケータイは今日家に置いてきたから、一旦取りに帰らないと」
「なんでこんな日に限って! なら、わたくしがあなたの家にいきますわ。家に帰って
からそちらにうかがいますわ。あなたはいつでもわたくしがきても大丈夫なようにもて
なしの準備をなさってらっしゃいな」
 レイは「失礼しますわ」といってさっさと帰ってしまう。
 僕も、いつ雨が降り出してもおかしくない天気を気にしながらさっさと家に帰る。す
ると雨粒が一つ顔に落ちる。それを皮ぎりにバケツをひっくり返したように雨が降って
くる。
「こんなことになるなら、傘もってくれば良かった……」ぼやきながら走っていると家
が見えてくる。
「ただいまっ」普段は帰ってくるのがいやな家でも雨風しのげることには感謝しないと
いけない。
 僕は一目散にケータイをしまってある引き出しを開ける。
 が、ケータイがなかった。僕は違うところに入れたのかなと他の引き出しを開けてい
く。
 しかしケータイはどこにもなかった。
と、その時、母親は僕の様子が違っているのを察したのか。僕の部屋を覗いて
「机の中にあったケータイどうしたの? あんなの買った覚えないから朝捨てておいた
わよ」
 無表情のまま母親はそう告げる。
「風邪ひかれたら困るから早く着替えなさい」
 そういってリビングに消えていく母親。
 僕はじわりと熱くなるものが目じりに込みあがり家を飛び出した。だけど、玄関を出
て雨に打たれてすぐに足が止まる。
「くそぉ……」
 ゴミ収集車がどこに行くかなんて小学生である僕にわからない。ましてやゴミ捨て場
がわかっても、きっと膨大な量のゴミがある。そこから手のひら程の大きさしかないケ
ータイを探し出せるわけがない。
 僕は雨に打たれながら立ち尽くすことしか出来なかった。
 その時、雨がやむ。いや、やんだんじゃない。
「何やってんですの?! そんなとこにいたら風邪をひきますわ。風邪をひかれたらど
なたがオーバーライセンスのケータイを学校に持ってくるんですの!」
 レイが傘をさしてくれていた。
「どうしたのかしら? 何か悲しいことでもあったのですの?」
 レイは僕が泣いていることを察したのか。心配そうに顔を覗く。
「ケータイを、ミミを……捨てられた……」
 もしかしたらレイなら……。そう思いぽつりと呟く。
「なんですって……?! いつ?!」
「今朝、母親に……ケータイが見つかっていたらしくて、それで朝ゴミにだしたって…
…」
 そう言うとレイは口元を押さえて何か考えを巡らし始める。
「マドカは、この辺りがどこにゴミを出すかはご存知?」
「えっと、たしか……」
「あなたの家のじゃなくても構いませんわ。家を出て最初にゴミ袋が目に付く場所はど
こですの?」
 僕はレイに言われ、最初に目に付くゴミ捨て場の前まで案内する。
 レイは近くの電信柱を横目で見る。
「なにをしてるの?」
「一応この地区がどこにゴミを集積しているかを確認しておりましたの。今日は燃えな
いゴミの日。区間集積所ですわね」
 区間集積所。この町は人が多くでるゴミも多い。そのため各家から回収されたゴミは
ゴミ処理場に行く前にゴミを一箇所に集める。それが区間集積所。レイはそこに向かう
途中でそう説明してくれた。
「でも、区間集積所って……立ち入り禁止でしょ。それに、最近ニュースで粗大ゴミの
山が崩れて大怪我をする事故があったって……」
「あら? じゃあミミをスクラップにされていいのかしら?」
「……よくない」
「なら、行くしかないでしょ? 大丈夫ですわ。天才であるこのわたくしがついている
のですから」
 レイはそういって不敵に笑う。その笑みはとても頼もしく、自然と僕にも勇気がわい
てきた。
「うん、ミミを助けよう」
 僕等は区間集積所の金網の前に着く。金網をよじ登ろうにも高さは十メートルはあり
そうだった。さらに金網の頂上には有刺鉄線が敷かれている。とても登れそうにない。
 が、レイはどこから取り出したのか大きな番線カッターを取り出し金網を切り人一人
通れる程のスペースをつくる。
「どうしたのそれ……?」
「何かあった時のために持ち歩いているのですわ」
 番線カッターなんて使う状況などあるのだろうか……。そんなことを思っていると
「何をモタモタしておりますの、おいていきますわよ」
 レイはすでに金網を通り抜け中に入っている。
「今行くよ」そういって僕も金網をくぐり中に入る。
「それで、ここからどうやって探すの?」
 僕は中に入って辺りを見回す。そこは大人三人分はゆうにあるであろうゴミ山の高さ
だった。そしてその山がいくつもある。
「えっと……非常に申しにくいのですが謝らなければならないことがありますの……」
 レイは突然視線をそらしてモジモジしだす。
「な、なにさ、誤らないといけないことって」
「折戸にケータイを渡した時、覚えてます? アナタと初めてあった時ですわ」
 そういわれて窓からゴロゴロ転がって入ってきたスタント執事マンを思い出す。
「あったね、そんなこと。それでそれがどうしたの?」
「あの時実は細工を施してあって、そのぉ……実はケータイの位置はわかりますの」
「え? じゃあさっきの燃えないゴミの下りはなんだったの?!」
「いやどこでもわかるわけじゃいですのよ。こうある程度、半径十メートルくらいかし
らね。そのくらい近づかないと反応しないのですわ」
 レイはスマートフォンの画面を見せてくる。そこには赤く点滅する小さな丸が表示さ
れている。
「この赤い点のところにミミがいるんだね」
「そういうことですわ。ただモノが小さいからこの赤い点の場所でも探すのは大変です
わ。さらにここはゴミ山。森の中に隠した葉っぱ一枚を見つけるようなものですわ」
「見つけるさ。それに今日だされたゴミなんだ。なら山の浅いところにあるはずだよ」
「あら、わかってらっしゃるのね」
「そのくらい僕でもわかるさ。さぁ探そう」
 僕は赤い点で示されているゴミ山の一角に駆け寄る。
「お待ちなさい。素手では危ないですわ」
 レイは軍手を僕に渡す。一体こういうものをどこでいつの間に手に入れているのやら。
僕はレイを見るとレイはフッと小さく笑う。
「天才ですもの」
 レイはそう一言。傲慢で勝ち誇ったような顔。だけどレイには傲慢でもなんでもない。
少なくとも僕にとっては最高に頼りになる友達であるのだから。でもレイにたよりっぱ
なしになっているのはいけないなと思った。
 レイは一言で言えばやさしい。頭がいいからきっと僕の考えていることがわかるんだ。
僕が悩んでいてもすぐに悩んでいる事や理由を理解してしまう。そしてその悩みに対し
て僕がどうするべきかを示してくれる。ある時「どうしてレイは僕の悩みをわかるの?」
と聞いたら「わたくしがあなただったらどうやって解決するかを考えただけですわ」と
さも当たり前のように答えた。多分そんなことをできる人は僕のクラスにはいない。
 レイは僕がどこまでできてどこまでできないかもわかっているからきっとこんな簡単
に答えをだせるのだろう。
 そこまで他人のことをわかる人なんてそんなにいないと思う。僕なんて家族のことす
ら全然知らないし。近くの席の生徒が何が好きで何が得意で何が嫌いで何が苦手かなん
て知らない。だけどレイはそれを知っているし知ることが出来る。
 レイがそんなだからたよってしまう。僕以上に僕を知っている気がしてレイに聞けば
なんとかなる。そう思ってしまうんだ。だから、ミミを助けることはレイじゃなく僕が
やってみせる。僕だって女の子にたよりっぱなしというのはやっぱり悔しい。僕はひた
すらゴミ山をかき分ける。
「マドカ、一旦手を止めて。あなたのケータイの音を聞くのに意識して」
 レイはそう言いながら自分のケータイを耳に当てる。
 レイは僕のケータイに電話をかけているんだ。かかれば音が鳴る。雨音が邪魔をする
けど僕は手を止めて回りの音に意識を向ける。すると
――ピピピピピ……、ピピピピピ……、ピピピピピ……
 聞こえた! 僕は音のする方に駆け寄る。
「レイ! そのまま鳴らしていて!」
 僕は音を頼りにゴミ山をさらにかき分ける。すると、そこに見慣れたケータイが目に
入る。僕はそのケータイを耳に当てる。
「レイ、あったよ!」
 僕はレイの方に振り返り大きく手を振る。
「そのようですわね。通話も出来るし特に問題はなさそうですわ」
 電話越しに聞こえるレイの声も少し弾んでいる。
「うん、ちょっと臭うけどね」
 そういうと「それは大問題ですわね」とレイは小さく笑って返してくれる。
「ミミも大丈夫かどうか確認してみるから切るね」
 僕はアドレス帳からミミに電話をかけ再び耳に当てる。
 と、その時
「マドカッ! そこを離れてッ!」
 レイの叫び声。それとゴミ山の崩れる音。僕の足を離さないように足元にゴミが迫る。
反射的に上を見上げる。

 あれはなんだったんだろう。
 テレビ、電子レンジ、冷蔵庫。色んな四角い物が僕目掛けて転がり、滑り落ちてくる。
 僕の脳裏にここで起きた事故のニュースがよぎる。テロップには人の名前と写真。
 レイが叫んでいる。離れてッ! と。
 けど無理だった。それらは全部一瞬のこと。
 今まさに四角い凶器が目の前に来て、僕は――



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