物語

コード:ギロチン2

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 家に着いてレイを研究室の寝台に寝かす。
「だめね……連絡取れないわ。レイのお父様は言伝もなく外出しているそうよ」
 ノリコさんは深くため息をつき受話器を電話に戻す。
「これからアクセスエンブリオでギロチンの進行を遅らせる措置を施すわ。見た目結構
グロイことになるから二人はリビングで待っててちょうだい」
「見た目グロイって手術みたいなことをやるんですか?」
「大掛かりなものじゃないわ。体に埋め込まれてる機械に接続するから切らないといけ
ないの」
「この部屋でやるんですか……?」
「違うわよこの部屋にもう一つ部屋があるのよ。あれ? 言ってなかったっけ?」
「初めて聞きましたよ」
「まぁもう一つはアクセスエンブリオ用の部屋だからね」
 ノリコさんはそう言うと壁に手を触れると壁が開き手の平ほどの大きさのパネルが現
れる。ノリコさんがパネルに数字を打ち込むとパネルの横の壁が横に開く。今度は人一
人どころか三、四人は通れるほどの通路だ。奥の部屋は寒冷色で手術室を思わせるよう
な色合いだった。
「それじゃ始めるから外で待っててちょうだい」
 現状どうすることもできない俺とミミはリビングで待つことにした。
 俺もミミもお互い何も話さなかった。ただ時計を眺めていた。
 だけど、待っていてもノリコさんのやることはあくまで進行を遅らせるだけ。ノリコ
さんが部屋から出てきたところで何かが改善される訳じゃない。
 俺は思わず立ち上がる。何か、何かなんとかできないのかと。いてもたってもいられ
ず立ち上がってしまった。
 だけどそれは、どうやら俺だけじゃなかった。
「ミミ、どうした?」
「マドカこそ、どうしたんですネ?」
「いてもたってもいられない」
「ミミもですネ」
「けど、俺たちじゃあレイをどうすることもできない」
「……そんなことないですネ。ミミにひとつ考えがありますネ。ミミとマドカでなんと
かできるかもしれないですネ」
 そう言うとミミはリビングを出て研究室へと歩き出す。
「なんとかって、どういうことだよ?」
 俺の質問より先にミミは研究室へと入ってく。俺も慌てて研究室へと入る。
「所長、ミミに考えがありますネ!」
 ミミの後に続いて研究室に入ると奥の部屋へとケーブルが何本も敷かれている。俺は
敷かれているケーブルに見覚えがあった。あれはサイバーダイブをする時に使うケーブ
ルだ。
「『サイコダイブ』ですっ。あれで入ればアンチウィルスを突破できますネ!」
 サイコダイブ? サイバーダイブとは違う名前がミミから発せられた。
「ミミ、勝手に入ってきてはダメよ。戻りなさい」
「ミミはレイを助けたいですネっ」
「いいから戻りなさい」
 ノリコさんは語尾が強くなり表情を険しくさせる。
「ノリコさん。現状レイは延命措置しかできないんですよね? だったら助かる方法が
あるならっ……」
「ダメよ。あなたたちは関わっちゃダメ」
「なぜですっ?!」
「サイコダイブに限らず超過技術は常に何が起きるかわからない危険を伴うのよ。そん
なこと、マドカにはさせられない。それに今マドカにできることは残念だけど何もない
わ」
 たしかに俺は、超過技術のことを全くわからない。やる気だけではどうしようもない
ことだ。俺は、ここでただじっとしていることしかできないのか、と手に力がこもる。
「そんなことないですネ」
 ミミがそう切り出し、こう続けた。
「サイコダイブにはパートナーが必要ですネ」
「ミミ、黙りなさい」
 ノリコさんはいつもは見せない冷たい声でミミに言う。
 だが、そんなこと今気になんてしている場合じゃない。可能性があるというのなら。
「パートナーって、どういうことなんだ?」
「サイコダイブはミミだけじゃできないんですネ。ミミと、もう一人必要なんですネ」
「パートナーは綿密な検査をクリアーした者じゃないとダメなのよ」
「それなら大丈夫ですネ。何度も検査をしていますが何回やってもマドカとの相性はバ
ッチリですネ」
「ミミ、あなたメンテナンスの時にやっていたのね……!」
「サイコダイブをする準備はできていますネ。ミミとマドカがダイブして、所長がサポ
ートしてくれれば、レイをきっと助けられますネ。だからお願いします、所長!」
 ミミは頭を思いっきり下げる。
「俺も、危険でも何でも、俺にできることがあればなんでもやりますから、ミミの言う
サイコダイブをやらしてください!」
 俺もミミと同じように頭を下げる。
「それでも、ダメなのよ」
 だが、ノリコさんの答えは冷たいものだった。
「どうしてです……?!」
 俺は搾り出すように声を出す。
「違法だからよ。もし管理者でない者が無断でプログラムの書き換えを行ったら重罪な
の」
「おかしいですよ……。命を助けるのに犯罪になるなんて。それにレイのお父さんが本
当にレイをいらないと思っているんでしょうかっ……」
「それは、わからないわ……」
「自分の子供なんですよ?! 物じゃないんですよっ!」
 もし、本当にレイの家がレイを……いらないと判断していた場合。なんとかしてレイ
を助けてしまったらレイの帰る場所がなくなる。もしここで破棄しそこねたら後で破棄
するなどとはいかないのだ。もしその後で破棄すれば、それは、殺人。
 法の檻の中で罰を受ける。
「もし、レイのお父さんがレイをいらないなんて言うことがあるのなら……。俺が……
レイの居場所を作ります。バイトでもなんでもして、金ためます……」
「…………」
 ノリコさんは視線を逸らし呆れてしまったのか小さくため息をつく。
 呆れてしまうのもムリはない。俺の言っていることは滅茶苦茶だ。ただの学生である
俺になんとかできるわけがない。
「あぁー……もう」ノリコさんは頭を抱え小さく何か呟く。
「……わかったわ。やりましょ」
 ノリコさんはそう言ってボイスレコーダーをポケットから取り出す。
「開堂研究所。実験番号○○三三。目的サイコダイブとサイバーダイブの連携を図り、
精神型プログラムの書き換えを行うことである。備考欄、この研究の責任は私、所長開
堂則子であり、協力者二名、開堂円、ミミの両者は開堂則子の指示に従っているだけで
あり、その内容は明かされていないことをここに示しておく」
「えっと……今の何ですか?」
 ノリコさんはハキハキと早口で録音していく。聞きなれない言葉ばかりで内容は理解
できない。
「実験を始める前に証拠を残しておくの。普通は記録をとるんだけどそれだけだと不安
だから。私オリジナルの記録のとり方。……それと裁判沙汰になった時の保険よ、あん
まり意味はないと思うけどね……」
 後半は何を言っているのかは聞き取れなかったがとりあえず科学者としてのノリコさ
んはすごいということだけは伝わった。
「ほら、二人とも、準備して!」
「それでどうするんですか?」
 俺はキーボードに指を走らせているノリコさんに聞くとノリコさんはキーボードで打
ちながら口を開く。
「まず、ミミ! 私の作ったギヨタンを持ってレイちゃんにサイコダイブをする。そし
てその後、マドカがミミにサイバーダイブをする。マドカはミミに同期すればうまくレ
イちゃんともリンクできるはずよ」
「え、えーっと? 俺がサイバーダイブしてやることってあるんですか? それに同期
ってどうやるんですか?」
「ミミだけでサイコダイブすると、調査と管理で負担が大きすぎるの。そのために人間
も一緒にダイブして中で管理するの。メンテナンスもミミの中で、したでしょ?」
 したでしょ? と言われても、言われるがままにやっていたから、その内容はわから
ない。
「それと同期は私の方でシステムに命令を出すから、大丈夫よ」
「なんか、すみません。全然わからないことだらけで」
「ううん、逆に私が悪いのよ。専門家じゃないマドカにこんなことやらせているんだも
の。……あ、それで何か質問はある? 始まったら時間との勝負だからね」
「えっと、あぁあれです。サイコダイブってサイバーダイブとは違うんですか?」
「サイバーダイブはマドカがいつもミミのメンテナンスで使うからわかるわよね?」
「はい、まぁ簡単な解釈の仕方ですけど、人間の五感で機械を感じることのできるシス
テムですよね」
「そう。それでサイコダイブはその逆なの。機械で人間の五感を感じることのできるシ
ステムなの。メンテナンス中にミミと会話できるでしょ? あれはミミがサイコダイブ
をマドカにしているからできることなのよ」
「サイバーダイブ以外にもそんなのがあったんですね」
「サイコダイブは最近実証できたシステムなのよ。人間の感情をある程度理解できるよ
うになったミミがサイコダイブの性質とかを説明してくれたおかげね。逆にミミがまだ
理解しきれてないことはあまり検証できるデータとしてあがってこないのよねー」
「ま、まぁなんとなくサイコダイブのことはわかりました。俺からの質問はこんなもの
です」
 このまま説明を受けているとわかったことまでわからなくなりそうだったため話を打
ち切る。
「大丈夫? ……それじゃ、準備するわよ。ミミはいつもの椅子に座って。マドカはこ
の椅子に座ってちょうだい」
 ノリコさんは椅子を二つ並べる。俺らは言われるがままに椅子に座り、忙しく動き回
るノリコさんを眺める。
 ノリコさんは奥の部屋から寝台を押してきて、まるでレストランのステーキのように
俺とミミの前で寝台を止める。
 寝台の上のレイは頭と体を固定されている。髪で見えないが側頭部には細いケーブル
がいくつも刺さっている。
「はい、マドカはこれ被って」
 不意にノリコさんに何かを被せられ視界を遮られる。俺は被せられたものを掴む。サ
イバーダイブに使うバイザーだ。
「ミミはこれ繋げて」
「はいですネ」
 声だけが聞こえる。俺はバイザーを被り直す。サイバーダイブをよく使っていたとい
ってもミミにメンテをするときだけでこんな大掛かりなことは初めてだ。自然と緊張し
てくる。
「準備できたわね。いい? サイバーダイブもサイコダイブも心と体に負担が掛かるわ。
制限時間になったら強制的に戻すからね」
 ノリコさんはそこで一度言葉を切る。
「それと、危険だと判断したら、すぐに戻すからね」
「はいですネ。それではミミから行きますネ」
 そう言ってミミは
「サイコダイブを試みますっ……」
 サイコダイブを使った。次に俺がサイバーダイブを使う。手のひらの汗をズボンで拭
いて拳をギュッと握る。
「マドカ」
 ノリコさんの声がした方を見る。
「気をつけてね」
 バイザーを被っているからノリコさんの表情は窺えない。だけどその声には励ましや
不安、そう言ったものが含まれている気がした。
「はいっ……」
 俺はバイザーの電源を入れる。目の前に虹色の走査線が走り出す。走査線の眩しさに
目を閉じ、そして握った拳を解く。
 そして口にする。
「サイバーダイブを試みます」
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